2017年05月20日

骨髄移植後の後遺症(肺炎と帯状疱疹)に対する漢方サポート

2012年05月20日の茶トラのボクチン(8歳)
2012年05月20日の茶トラのボクチン(8歳) posted by (C)ヒゲジジイ

 最初は予後不良を告げられるほどの悪性リンパ腫の再発で、抗癌剤治療とともに多種類の漢方サポートで、検査上は完全に消滅したので、最終的な根治を目指して行われた骨髄移植。

 これは成功したものの、免疫低下による肺炎と帯状疱疹を繰り返して、病院治療だけでは治りきらない。

 治りかけるとまた再発を繰り返し、咳と息苦しさ、顔面の帯状疱疹を繰り返している。

 そこで弁証論治に基づいて、肺炎の漢方サポートとして、竹葉石膏湯と小陥胸湯加味方剤に白花蛇舌草、帯状疱疹には五苓散+板藍茶によって数ヶ月、服用後は呼吸も楽になって症状は明らかに軽減しているが、まだ根治とは言えないらしい。

 予後不良を宣告されるほどの悪性リンパ腫の再発だったが、この肺炎さえ根治すれば、本命はほぼ完治間違いないといわれているだけに、繰り返す肺炎を何としても根治してもらはねばならない。

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2012年05月20日の茶トラのボクチン(8歳)
2012年05月20日の茶トラのボクチン(8歳) posted by (C)ヒゲジジイ
posted by ヒゲジジイ at 16:37| 山口 | 悪性リンパ腫・胃マルトリンパ腫 | 更新情報をチェックする

2017年05月16日

少年老い易く・・・老兵は去るのみ

2009年05月16日の茶トラのボクチン(5歳)
2009年05月16日の茶トラのボクチン(5歳) posted by (C)ヒゲジジイ

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【 年 代 】:20〜29歳の男性
【 地 域 】:関東地方
【 具体的なご職業 】:●●医科大学医学部学生
【 お問い合せ内容 】:

 はじめてメールを差し上げます。●●医科大学医学部4年生の◎◎と申します。

 明日から病棟実習が始まります。その直前に、ネットサーフィンをしていたら村田先生のブログに行きつき、良縁だと思いましたので、僭越ながらメールを差し上げます。

 私は「学問の根幹には哲学がある」という視点で、中学生時代より研究を重ねています。何も知らなかった当時の私にとっての愛読書は、池田晶子「14歳からの哲学」(トランスビュー社)でした。

 現在では、知識も人並みにはついてきましたし、金銭的自由度やフットワークの自由度も上がったため、いろいろな場所で「哲学とは、科学とは何か」をテーマに研鑽を積んでいます。

 経験上ぴったりきていたのが、どちらかというと東洋サイドの哲学でした。現在最も興味を持っているのは、日本修験道の哲学で、地理的な近さもあって日光修験道にお世話になっています。

 村田先生のブログを貫く批判精神は、近代哲学に影響されたものであると同時に、それを受容した長州藩の反骨精神にあるのではないか? と拝察いたしました。

 私は西洋医学を習っていますが、西洋医学を陰で支えた「批判精神に基づく哲学」とはなんだろう? ということを、常々考えていました。先生のブログが、大いに示唆に富むものでした。

 だとするなら、現代の西洋医学をさらに批判し、臨床に新たな価値観を提言するにはどうすればよいのだろう? それを日本から発信する根拠は何だろう? ということを、先生とご一緒に考えてみたく存じました。

 先生にとって、哲学とは何か(構造主義などのテーマ性にかかわらず)、哲学は何のためにあるのかを、もう少し詳しく教えてください。

 よろしくお願いいたします。

2010年05月16日の茶トラのボクチン(6歳)
2010年05月16日の茶トラのボクチン(6歳) posted by (C)ヒゲジジイ

お返事メール:

 残念ながら、数十年前ならともかく、この歳になると哲学とは何か、哲学は何のためにあるのか? など、正直馬鹿バカしくて考える気にもりません。

 せっかくですから敢えて云うなら、哲学というものは「生きることの意義を見つけるため」および「死の恐怖を少しでも克服するため」にあるのだろうと思います。

 どうせ地球上に生息する人間なんて、哲学や思想方面で相当な知識人や偉人と言われる人でも、ポール・ジョンソン著『インテレクチュアルズ』や『ピカソなんかぶっとばせ』に書かれているように、猫よりも劣る動物なのかもしれません(苦笑。

 明日から病棟実習ということですが、救急医療はともかく、頑固な慢性疾患はさすがの西洋医学でも、あまりに限界が多過ぎることに落胆する日々が続くかもしれませんし、体力的にも大変な日々が待っているのではないでしょうか?

 ともあれ、こちらはそのような哲学的問題を考える暇があったら、日々の仕事の疲れを取るために休養を取るか、あるいはお迎えが来るまで読み残した本を少しでも読破しておきたいので、貴方のご希望には添えることができません。

 若いころは夢と希望があってよいものですが、過ぎ去ってみれば人生というのはアッという間で終わります(苦笑。

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2012年05月16日の茶トラのボクチン(8歳)
2012年05月16日の茶トラのボクチン(8歳) posted by (C)ヒゲジジイ

posted by ヒゲジジイ at 12:11| 山口 ☁| 哲学の煙(けむり)と漢方薬 | 更新情報をチェックする

2017年05月15日

肺癌と間質性肺炎の漢方サポートを受けるには

2009年05月15日の茶トラのボクチン(5歳)
2009年05月15日の茶トラのボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母

【 ブログへ掲載の可否 】:転載応諾(ブログへ転載させて頂く場合があります。)
【 年 代 】:60〜69歳の男性
【 地 域 】:北陸地方
【 お問い合せ内容 】:初めまして。
 いつもブログを拝読させていただき、ありがとうございます。
 漢方を長年愛用している者です。

 昨年の冬に肺癌、間質性肺炎が判明し、抗がん剤と漢方サポートでなんとか本日まで生きています。先月胸水があったため、現在は分消湯と六味丸を飲んでいます。

 漢方サポートの補剤として、最近までは補中益気湯も飲んでいましたが、柴胡は間質性肺炎にはあまり良くないかなと考えるようになり、半夏白朮天麻湯か清暑益気湯に変更したいと思います。半夏白朮天麻湯の半夏白朮は利水には良いかと思いますが、清暑益気湯の麦門冬、五味子は呼吸を楽にしてくれるような気もして、どちらにすべきか迷います。

 村田様からアドバイスをいただけると幸いです。

2009年05月15日の茶トラのボクチン(5歳)
2009年05月15日の茶トラのボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母

お返事メール:

 メールでアドバイスできることは、微妙な疾患だけに、残念ながらほとんど不可能です。

 寒熱虚実のほとんどを推測することすらできないですし、かといってそのために更に詳細な報告を頂いたところで、こちらにも仕事が多過ぎて、メール相談だけに時間を費やすこともできません。

 ですから、いつも同じお返事になってしまうのですが、お近くの専門家とご相談下さい、としかお答えしようがありません。

 わずかに言えることは、補気建中湯であれば、麦門冬が含まれ肺にも効果的ですが、黄芩が含まれますので、黄芩に対する不安を持たれれば、これも使用できないことになりますので、やはり的確なアドバイスはまったく不可能です。

 取り急ぎ、お返事まで。

2011年05月15日の茶トラのボクチン(7歳)
2011年05月15日の茶トラのボクチン(7歳) posted by (C)ボクチンの母

折り返し頂いたメール:

 ご返信、ありがとうございました。
 メールで個人へのアドバイスは難しい旨、承知いたしました。
 たいへん失礼しました。

 一般的な質問をさせていただいてもよろしいでしょうか。
 90年代、小柴胡湯とインターフェロンの併用で間質性肺炎になった人がいたというニュースがありました。私はずっと柴胡が原因かなと思っていましたが、村田様は柴胡ではなく、黄芩が原因ではないかとお考えでしょうか。

 後学のため教えていただけると幸いです。

2011年05月15日の茶トラのボクチン(7歳)
2011年05月15日の茶トラのボクチン(7歳) posted by (C)ボクチンの母

お返事メール:

 黄芩は、まれに肝機能検査数値を上昇させるという問題があるようですが、小柴胡湯自体が間質肺炎を誘発したという説も、確実な根拠があるのかどうか、いまだに疑っている専門家も多く、あったとしても確率的に超マレだと思われます。
 ツムラ漢方以外の製品ではほとんど問題が生じた例がなかったので、製剤を疑う専門家もいたくらいです。

 なお、黄芩には、抗がん作用や抗がん剤の副作用軽減作用を指摘する報道もあります。

http://blog.goo.ne.jp/kfukuda_ginzaclinic/e/885f9853aad5b09bf0bf23fc215dedcc

 小柴胡湯などの間質性肺炎の原因を黄芩とする説もあります。
以下のサイトで、そのことが指摘されています。

http://ww7.tiki.ne.jp/~onshin/zakki15.htm

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2015年5月16日の茶トラのトラちゃん(1歳半)
2015年5月16日の茶トラのトラちゃん(1歳半) posted by (C)ボクチンの母
posted by ヒゲジジイ at 22:40| 山口 ☁| 肺癌 | 更新情報をチェックする

2017年05月14日

ダーウィンやフロイトの幻想

2009年05月14日の茶トラのボクチン(5歳)
2009年05月14日の茶トラのボクチン(5歳) posted by (C)ヒゲジジイ

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【 年 代 】:50〜59歳の男性
【 職 業 】:公務員
【 地 域 】:東海地方
【 おたより 】:
2017年05月09日の『連休中には、アマゾン河からはじまって、ガラパゴスにも寄り道して、マレー諸島まで辿り着いたが』について

 漢方に関係ないテーマですが、とてもおもしろく読ませていただきました。

 村田先生の文を引用します。
『最後のシメに、マレー諸島では様々な島を廻っている途中、ウォーレス氏がダーウィン氏に「自然淘汰による進化の可能性を簡潔に記した論文」を送付したところにも立ち会った(笑。
 自然淘汰はともかく、ウォーレスさんとは最も気が合って、心霊主義に走った先見の明には敬服するばかりだったが、種痘を否定し続けたことだけは、いただけなかった』

 そうですね。ウォーレスの「要不要」による進化論は現代では否定されているようですが、ウォーレスはもっと評価されていい学者だと思います。ウォーレスが心霊研究に踏み込んだことも、その評価をさまたげていると思います。ただ、村田先生のように洞察力のある方は、意外にウォーレスを評価していますね。たしか、先日、死去された渡部昇一先生の退官記念論文が『ウォーレス氏』についてのものだったと記憶しています。

 ダーウィンの「自然淘汰による進化論」は、証明できないものです。つまり、自然科学より、神学やマルクス主義のような哲学や思想に近いものです。

 それで、学者たちが「自然淘汰による進化論」を証明しようとして、例えば、蝶の羽が環境によって黒くなったり白くなったみたいなことを一生懸命に観察して報告していますが、むなしいことです。そういう小さな変化は環境が変わればまたもどるもので、不可逆的な進化とは別ものだからです。実際に観察されているのは、そういうものだけです。

 そして、「自然淘汰による進化」は実験することも目で見ることもできないものです。だから、例えば、オオヘラジカの角は、自然淘汰でそういの形になったのだと『後説明』をつけるだけです。

 でも、それは生き残っている生物に対して、それは生き残ったからだ(自然淘汰で)で説明し、逆に絶滅した生物に対してはそれは絶滅したからだ(自然淘汰で)で説明するだけのことです。ダーウィンの「自然淘汰による進化論」の論理構造は、たんなるトートロジーなのです。

 失礼いたしました。村田先生の文章に触発されてついメールを送ってしまいました。ご容赦ください。

2011年05月14日の茶トラのボクチン(7歳)
2011年05月14日の茶トラのボクチン(7歳) posted by (C)ヒゲジジイ

お返事メール:

おたよりありがとうございます。

 ダーウインの時代に近い、フロイトさんも同様ですね。

 フロイト理論の非科学性、数々の恣意的なでっちあげ理論では、フロイトに関してはダーウイン以上に荒唐無稽。

 ともあれ、ウォーレスの心霊主義は徹底していましたが、実姉の霊感が強かった影響も大きかったようです。

参考文献:『精神分析に別れを告げよう―フロイト帝国の衰退と没落』H.J. アイゼンク著(批評社刊)

折り返し頂いたメール:

 お忙しい中、お返事をありがとうございました。

 おっしゃるとおりと思います。フロイト自身が病人(精神的な)だったのでしょう。
 そして自分の病気を語ったわけですよ。それは話としておもしろいし、何万人かに1人くらいは同じような異常な人がいて、びたっとあてはまったのでしょうね。

 『ウォーレスの心霊主義は徹底していましたが、実姉の霊感が強かった影響も大きかったようです』
 そうでしたか。ウォーレスは、まじかで実際に見たからなんですね。

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2011年05月14日の茶トラのボクチン(7歳)
2011年05月14日の茶トラのボクチン(7歳) posted by (C)ヒゲジジイ

posted by ヒゲジジイ at 13:38| 山口 ☀| 村田漢方堂薬局の近況 | 更新情報をチェックする

2017年05月12日

一部の古本業者の書籍に対する情けない見識

2011年05月12日の茶トラのボクチン(7歳)
2011年05月12日の茶トラのボクチン(7歳) posted by (C)ヒゲジジイ

 アマゾンさんで古書を探すとき、しばしば業者の文言
帯をお付けできる保証はございません(商品の一部とみなしておりません)
とあるのを読むたびに、毎度のことながら、むかっ腹が立つ。

 書籍の帯を一部の商品とみなさない、これは宣伝ビラと同等のものであるとまで嘯く業者すらある。

 こんな見識のない業者が跳梁跋扈するのだから、何をかいわんや。

 といいながらも、どうしても納得がいかないので、さきほど注文した書籍を出品している業者の「出品者に連絡する」という通信欄を利用して
 「中古品 - 非常に良い」と記載されるからには、「帯をお付けできる保証はございません(商品の一部とみなしておりません)」と続くのは、大きな矛盾があると思います!
 古書の世界では、帯があるかどうかで、書籍の評価は大きく異なってきます。
 そもそも帯を「商品の一部とみなしておりません」とは、失礼ながら些か納得のいかないもので、これがまかり通っていれば、書籍の真の価値が後代に伝わらなくなってしまいます。
 願わくば注文書籍には、帯が付いていることを祈るばかりです。
 と抗議をしておいた。

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2011年05月12日の茶トラのボクチン(7歳)
2011年05月12日の茶トラのボクチン(7歳) posted by (C)ヒゲジジイ


posted by ヒゲジジイ at 00:12| 山口 ☁| とんでもない話や、信じられない困った話 | 更新情報をチェックする