2017年06月11日

スキルス胃癌で術後3年で生じた腹膜播種

2010年6月11日のボクチン(6歳)
2010年6月11日のボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母

 抗癌剤治療を始める前に、漢方サポートを求めて来られ、補気建中湯+分消湯を主体に各種中草薬類を多種類。腹満感や軽度の疼痛は、次第に消滅。

 いよいよ抗癌剤投与を受けるにあたって、漢方サポートを続けたい旨を伝えると、「前例がない」からという理由で主治医に禁止されたが、幸いにも病院薬剤師の親切な協力があって、主治医に漢方の有効性を説明・説得してもらったとか。

 内服の抗癌剤とともに、点滴治療も、1クール目は全く副作用が皆無だったが、2クール目からは激しい副作用(激しい嘔吐と頭痛、血圧上昇など)で、直ぐに中断せざるを得なかった。

 漢方サポートがありながら、ここまで副作用が激しく出るのは珍しい!(もしかして・・・?)

 その後は病院の抗癌剤なしで、多種類の漢方サポートだけですぐに元気を回復して腹部症状も皆無となり1ヶ月半、昔の健康体とまったく変わりがなく、旅行を楽しむこともできた。

 そこでCT検査を受けたところ、腹腔内の各所に散らばっていた腫瘤の癌病巣部分が明らかに小さくなっているとの診断。
 漢方のお陰だろうと思わずつぶやくと、「漢方は効かないよ」と、どこまでもイヤミな主治医である(苦笑。

 そこで抗癌剤を再開ということになって、今度は副作用が出ない半量に減らしてもらってるという。

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2010年6月11日のボクチン(6歳)
2010年6月11日のボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母

posted by ヒゲジジイ at 07:36| 山口 ☁| スキルス胃癌・印環細胞癌によるスキルス胃癌 | 更新情報をチェックする

2017年06月09日

ウォーレス86歳、晩年の主著 『The World of Life』 こそ、面目躍如なのだが・・・

2010年6月9日のボクチン(6歳)
2010年6月9日のボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母

 昨日紹介した書籍のうちの一つの話。

 ウォーレス86歳、晩年の主著『The World of Life』は1910年発行で、日本で翻訳されたのは、昭和17年、赤木春之訳で東江堂から『生物の世界』という題名で出版されている。
 また、同じタイトルで、大日本文明協会から、1913、1 大正2年に石川千代松訳が出版されている。

 しかしながら、この書籍を紹介する日本の学者さんたちは、「生命の世界」という書名の訳として紹介されることが多い。

 ともあれ、『生物の世界』であれ「生命の世界」であれ、ネットで探しても、どこにも見当たらず、2007年に日本で翻訳された『博物学者アルフレッド・ラッセル・ウォレスの生涯』の巻末の文献など、書籍中でなければ知ることができない書物のようである。

 漢方医学や中医学の世界と同様、これがネットの限界と言わざるを得ない。

 また残念なことに、90歳まで長生した189cmの巨漢、ウォーレス晩年の主著、昭和17年に出版されて以来、戦後になっても今に至るまで、新訳による新版が出されることもない。

 止むを得ず戦前出版された『生物の世界』をアマゾンなどで検索しても、存在の影すら見当たらない。

 かろうじて『日本の古本屋』サイトで検索して、1冊だけ関東の古書店で2,500円で登録されていたので、送料と代引き手数料込3,100円で購入することができた。

 これ以外では、大日本文明協会叢書07:生物の世界(全)-The World of Life : a manifestation of creative power, directive amind and ultimate purpose Alfred Russel Wallace(アルフレッド・ラッセル・ウォレス)、大日本文明協会、1913、1 大正二年刊 石川千代松訳の出品があるものの、これ以外は、どこを探しても今のところ、発見できないので、入手困難な書籍となっている。

 心霊主義を組み込んだ人間進化論の主著というべき、このような優れた書籍が、日本では埋もれてしまうのだがら、惜しい話である。

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2010年6月9日のボクチン(6歳)
2010年6月9日のボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母

2017年06月08日

ウォーレスこそ 「ダーウィン以上にダーウィンらしい」

2009年6月8日の茶トラのボクチン(5歳)
2009年6月8日の茶トラのボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母

 自然淘汰(自然選択)による進化理論の手柄は、本来、ウォーレスが優先権を有していた。ダーウィンは「種の分岐」に対して未解明だったところへ、人のよいウォーレスが、マレー諸島に滞在中にありながら、ダーウィンに送った論文によって、ようやく謎が解けたのである。

 ウォーレスがマレー諸島に滞在中を奇貨として、自然選択による進化論の優先権を確保した経緯は、『ダーウィンに消された男』という翻訳書に詳しい。

 面白いことに、ダーウィンの『種の起源』を読んでも、意味を把握するのに非常な困難を覚えるが、ウォーレス著の『ダーウィニズム―自然淘汰説の解説とその適用例』を読めば、容易に理解できる。ダーウィニズムという命名もウォーレスであるからして、なおさら、ウォーレスこそ、ダーウィン以上にダーウィンらしいという、なんという皮肉!

 さらに面白いことに、科学者としての厳密さを崩すことがなかった無神論者のウォーレスが、後年、心霊主義を組み込んだ人間進化論を唱え続けた。
 この点は黙殺され続けているのは何とも理解に苦しむところで、もっと追究してしかるべきだろう。

 重要な参考文献としては、ウォーレス著の上記『ダーウィニズム』と共に『心霊と進化と―奇跡と近代スピリチュアリズム』および86歳晩年の著作『生命の世界(原題「The World of Life」1910年発行、日本語訳は「生物の世界」の書名で昭和17年に赤木春之訳で出版されている』などを併せて、虚心坦懐に研究してみる価値があるはずである。

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2009年6月8日の茶トラのボクチン(5歳)
2009年6月8日の茶トラのボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母

2017年06月05日

鈴木大拙翁、晩年の円熟した境涯の一端 「渇愛こそは宇宙の創造主」 と

2009年6月5日のボクチン(5歳)
2009年6月5日のボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母

 鈴木大拙著『神秘主義 ーキリスト教と仏教ー』の「輪廻について」の章で語られたことは、
 ある禅の老師が「どうすれば渇愛を取り除くことができますか」と問われ、「取り除く必要があるのかな?」と答えた。そして更にこう言い添えた。「渇愛あるがゆえに仏は仏なのじゃ」。これは「仏は渇愛のことじゃ」と言ったに等しい。実際のところ釈尊の生涯全体がこの事実を明らかに示している
 「釈尊の生涯全体がこの事実を明らかに示している」と断言される大拙翁に同意できる人は、きっと少ないことだろうが、ヒゲジジイに限っては、さすがに大拙さんだな〜と嬉しくなったことである(笑。

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2009年6月6日の茶トラのボクチン(5歳)
2009年6月6日の茶トラのボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母

2017年06月03日

『ヒア アフター』(原題: Hereafter)という映画は

2012年06月03日の茶トラのボクチン(8歳)
2012年06月03日の茶トラのボクチン(8歳) posted by (C)ヒゲジジイ

 2010年のこのアメリカ映画は、クリント・イーストウッド監督、製作総指揮スティーヴン・スピルバーグとなっているが、スピルバーグがイーストウッドに奨めて制作されたという。

 主要テーマは「死者との交信」だが、個人的に最も印象深かったのは、フランス人のテレビでも超人気のジャーナリストの女性が、津波で臨死体験をした後、あの世を信じるようになり、人が変わったようになり、次第に職を追われていったこと。

 時間に余裕ができたことから、何を書いてもよいからという約束で、以前から出版を強く依頼されていた出版社に(臨死体験以前にはミッテランのことを書く予定だったのを変更して)死を看取る専門医師の取材なども交えて臨死体験、および「あの世」の存在を証明するような書籍を出版しようと書き上げた原稿。これを出版社に叩き返されたこと!

 とすると、スピルバーグやイーストウッドさん達は、あの世の存在を認めているということかもしれない。

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2012年06月03日の茶トラのボクチン(8歳)
2012年06月03日の茶トラのボクチン(8歳) posted by (C)ヒゲジジイ