御質問者:東海地方の内科医師
いつも有益な助言をいただきまして、ありがとうございます。
昨日、29歳のアトピー歴十数年の女性が再診されました。村田流にそった漢方薬をエキス製剤で処方しているかたですが、すっかり綺麗になっていまして、豊かな表情で「ありがとうございました」と言ってくださいました。
当クリニックへ受診されるまえには、有名な漢方処方をする診療所や皮膚科を受診なさっていたそうです。
個人的には難治性の患者さんにどの程度お役に立つのか正直いってプレッシャーを覚えていましたので、こちらこそ「ありがとうございました」という感じです。まずは、そのまま村田さんに感謝の言葉をメールさせて頂きます。
さて、本日ご助言いただきたい患者さんは、50台後半の女性で胆管ガンで肝臓転移を指摘されたかたです。
手術後、当クリニックを受診されたかたで、受診時には、肝臓内にやはり転移病巣を指摘されていましたが、一般的によく知られている定番の十全大補湯と補中益気湯でフォローしました。半年、1年後の病院での検査(CTなど)では、一旦転移病巣は縮小ないし消失していましたが、今回2年目の定期検査で転移病巣の悪化があったそうです。
舌は中央に薄い白色苔があり、舌質は淡紅から紅で、胸脇苦満、臍下虚がある位です。最近は体調がよいためかなり忙しくお過ごしであったそうです。
黄疸は勿論なく、食欲も良好で、排便も通常と伺っています。
本来ですと直接村田さんに拝見していただいた方がよいと思いますが、村田さんの経験上何かご助言があれば幸いです。
ヒゲ薬剤師のお返事メール:拝復
アトピー性皮膚炎は、今年もかなり沢山の新人さんが来られ、皆さん全員比較的順調なのですが、ただ昨年初秋よりお一人だけ遠方から二度も泊りがけで来られた四十代のアトピー歴が四十年選手のかただけは、陰陽の閾値幅が大変狭く、心と胃・肝胆系は熱証で、脾陽虚と脾肺気虚を合併したとても複雑な方がおられます。肺気虚がありながら時々肺熱による辛夷清肺湯証を呈することもあるのです。ですから、黄連解毒湯などの清熱解毒剤を必要としながらも食積から生じた頑固な白粘膩苔が並存し、この食積によって生じた脾陽虚による脾湿の除去には藿香正気散(カッコウショウキサン)が必須であり、肺気虚にたいする黄耆も必要とするなど、相当にキメ細かな弁証論治による分析に苦労しました。(
【メール後の追記】初期から折々に黄色粘膩苔を呈するため猪苓湯と茵蔯蒿湯(インチンコウトウ)の基礎の上にですから、とても複雑な配合です。)
さいわいにも御本人がとても熱意と頑張りのある方で、毎日ほとんど欠かさずご連絡頂いて(舌の画像のメール添付等)、常に微調整を繰り返し行うこと4〜5ヶ月。毎晩の痒み発作もかなりな程度コントロールできるほどになっていますが、アトピー性皮膚炎の方の中には、稀には中医学的にかなり複雑な病態を呈する方もおられます。
ところで本題の「胆管ガンで肝臓転移」の方は、「定番の十全大補湯と補中益気湯」これらだけで、結果的には一時「転移病巣は縮小ないし消失」されていたとは、とても素晴らしいことですね!
長年こちらでは病院で投与される、とりわけ「定番の十全大補湯」による温補過剰による弊害ばかりが目に付くことが多かったのですが、補剤ばかりの投与でも、それほど有効な成果が得られることもあるわけですね。
転移ガンの再発状況から、また御報告の舌象や胸脇苦満、臍下虚の存在を考慮すれば、漢方的な方証相対論では、柴胡桂枝乾姜湯がいかにも適応しそうに思えますがいかがでしょうか?
ただ、西洋医学的な診断内容が明らかなだけに、当方のやり方ではクオリティー・オブ・ライフ向上の目的で牛黄製剤を主体にした、たとえば中国のヘンシコウ(片子広?)に似た成分を模倣したものをしっかりと加えることが多いものですが、残念ながら牛黄製剤や麝香製剤は保険適応にはなっていないように思います。
とても微妙な段階のようですが、これらの方法でうまく行けば、相当に長い間、楽な生活が送れた経験をかなり持っています。(原発が膵臓か胆管か不明なほど周囲に浸潤していた例や、手術不能の膵臓がんで肺転移があった例でも、食べれなかったのが一気に食欲を回復して丸三年全く元気で、むしろ持病の肺繊維症が命取りになったなど)。
どうしても病気の内容が内容だけに、当方のような自費の漢方では、経費がかかる保険適用外の高貴薬類(牛黄・麝香など)をかなり思う存分使用できることが多いので、個人差はもちろんあるものの、クオリティー・オブ・ライフ向上および元気なままでの長期生存には多かれ少なかれ貢献できていると思うのですが、保険適用範囲の方剤となると、この方の場合は、ご報告いただいた症候から分析できることは、柴胡桂枝乾姜湯が主体になるように感じた次第です。
以上、お役に立てずに恐縮ですが、取り急ぎお返事申し上げます。
頓首
村田漢方堂薬局 村田恭介拝
【編集後記】 難治性となったアトピー性皮膚炎の例では、昨年暮れから来られている方の中に、病歴30年、IgEが3万〜1万五千という方でも、数度の微調整により、四逆散・黄連解毒湯・猪苓湯・茵蔯蒿湯にイオン化カルシウムなどで比較的順調に経過しており、配合比率の慎重な調整が今後も必要ではあるが、見通しはかなり明るい。
頑固に慢性化した一定レベル以上のアトピー性皮膚炎であっても、中医学的な弁証が比較的スムーズに行えるケースも多い。このことから、やはり、アトピー性皮膚炎は多くの場合、漢方はかなり得意分野と言えそうに思う。
またまたここでとんでもない蛇足ながら、様々な疼痛性疾患も漢方の得意とするところであるから、漢方以外の3番目の特技(
2番目の特技は勿論チヌ釣り!)となったHTMLとCSS技術を駆使して「痛み」を主訴とする疼痛専門サイトを作ろうかな〜〜〜と考えているところである。
たとえば、「慢性関節リウマチと腰痛」専門サイト。「生理痛・頭痛・肩こり・めまい」専門サイトなど、まだHP制作に厭きてないので・・・・・と言っている間に突然シラケてしまえば、再び孤独なチヌ釣りへと逃亡であるが・・・?
折り返し頂いたメール:いつも速やかにお返事くださいましてありがとうございます。
柴胡桂枝乾姜湯という手はちょっと思いつきませんでした。選択枝として考慮してみます。
四十年選手のアトピーの方の中医的病態は本当に複雑ですね。当クリニックへ通っておられる方の中で一進一退の方も見えますので、弁証論治を見直してみます。
ところで、この複雑なかたは病態連鎖という視点ではどのように考察できるのでしょうか。
ヒゲジジイのお返事: そのアトピーの方はこのブログをよく御覧になるので、御自身のことが書かれていることを知ってどう思われるか、ちょっと申し訳なくてやや気が引けてしまいます。
その方の場合、重症度というよりも中医学的な複雑さにおいては最高峰に位置するように思っています。たとえば蓄膿症も合併していたのですが、
肺熱・肺陰虚・肺気虚があきらかに同居している珍しい例で、その三者が同時に顕著に出るときもあれば、辛夷清肺湯を一時期加えておれば直ぐに効果を発揮して、肺熱肺陰虚の病態は沈静化して肺気虚関連の黄耆の症状(掻くとサラサラした透明な汁か出るなど
:追記=表衛の虚証)だけが持続して不変であり、そのことを最近発見したばかりで、この肺気虚関連には防已黄耆湯が今のところ効果を発揮しています。
しかしながら一方では舌先が折々に赤く、御相談当初には強い黄色が顕著な苔があったことと言い、心・肝胆には実熱が多かれ少なかれ宿っているものの、よく効果を発揮している黄連解毒湯の分量を常に臨機応変に加減しなければ氷伏気味になるなど、大雑把に言えば陰陽の領域幅が極めて狭い体質で寒熱にぶれが生じたり逆転しやすい。さらに特徴的なことは食積による黄粘膩苔と白粘膩苔が交互に、最近は白粘膩苔が多く、これが一番のネックになっているものと考え、藿香正気散を加減しながら現在も毎日何度が往復メールで細かな検討を加えているところです。(過食が原因であるらしいことも最近発見。)
幸いなことに、ご自身もよく漢方を勉強されておれら、小生のアトピー関連のHP上で公開しているものはすべて何度も繰り返し読まれておられますので、的確な情報を怠らずに送ってもらえています。
少なくとも様々な要素が輻輳していますが、究極的には
五行相関にもとづく五臓それぞれを頂点とした五角形にひずみが生じたときが病態であり、そのひずみが生じた五角形を正常な五角形に戻してあげれば、おのずと病態は改善されるというのは中医漢方薬学の原点でありますので、まだまだ互いに切磋琢磨している状況です。
折り返しのご連絡:デリケートな状況でしかも詳細な病態分析をお返事くださいましてまことに恐縮です。
当クリニックに通院の患者さんに対しまして、詳細な中医的所見の把握、それを基盤としたきちんとした病態の分析を行い、できるだけ正確なピントの合った患者さんのお役にたつ処方をしてゆくよう、肝に命じたいと思い、大変参考となりました。
重ねて深謝いたします。
【編集後記】 「肺熱・肺陰虚・肺気虚があきらかに同居している珍しい例」と書いてしまったが、肺の気陰両虚などは珍しくもなく、これに肺陰虚による虚熱ばかりでなく実熱も同居する例は、それほど珍しくもないな〜〜と過去の事例を思い出していると、これを見た愚妻(薬剤師)が、彼女自身が過去その体質だったし、現在もその傾向は明らかに残っていると言われたが、確かに愚妻も昔から陰と陽それぞれの領域幅がとても狭い体質で、このことは20年近く前、当時、本場中国で25年の中医師経験を持つ某氏に指摘されたことでもあった。
なお、肺に停留する実熱の原因は、現代医学的に言えば蓄膿症や慢性の感染性気管支炎などの細菌感染が元凶である。