2015年06月05日

イタリアの教養人の必読書はダンテの『神曲』とか

2009年6月5日の茶トラのボクチン(5歳)
2009年6月5日の茶トラのボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母

 地獄篇、煉獄篇、天国篇の三つからなるダンテの『神曲』。
 イタリアの多くの学生や先生たちが口を揃えて挙げるのが、この『神曲』だというので、急にイタリア人が頼もしく、拍手喝采を送りたくなった。

 ということは、常に善なるものを目指し、魂の向上を第一義とした国民性が定着しているお国柄に違いない。

 日本語で『神曲』を読むなら、平川祐弘訳が最も定評がある。

 日本には、『神曲』のように立派な作品が必読書として共通認識を得られるようなものがないのは、いかにも寂しい。

 日本では多くの教養人が愛読された『歎異抄』では、個人的にはやや物足りない。

 有名な割には知識人が推挙している風でもない源信の『往生要集』というのも、あまりにも極端過ぎるかも知れない。

 旧仏教系の某宗派のお坊さんたちは、「あの世は無い! 死んだら終わり、魂なんて存在しない」と平然と嘯く人が多いというから、何をかいわんや。

 新渡戸稲造の『武士道』では、と言いたいところだが、実際の戦国時代の武将たちの行動は、裏切りや寝返りなどアタリマエの世界だったから、そんなに綺麗ごとでは済まない。

 さてこそ、それらしいものは日本では見つかりそうもないので、イタリア人の真似して『神曲』でも読むことにしよう。
 ついでに『デカメロン』も、もちろんのことっ(呵呵。

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2009年6月5日の茶トラのボクチン(5歳)
2009年6月5日の茶トラのボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母


posted by ヒゲジジイ at 05:48| 山口 | 哲学の煙(けむり)と漢方薬 | 更新情報をチェックする

2015年06月01日

ほとんどすべてのスピ本では「人は何のために生きるのか?」という人生最大の問題を、判で押したようにまったく同じ解答が書いてあるが

2009年06月01日の茶トラのボクチン(5歳)
2009年06月01日の茶トラのボクチン(5歳) posted by (C)ヒゲジジイ

 多くのスピ本が共通して述べている「人は何のために生きるのか?」の解答。
 最近、読んだ中で、紹介する価値があるかもしれない書籍2つ。

 まずは新刊書籍で、一時品切れしたほど、よく売れている喜多良男著『死帰━人は死んだら必ずここに帰ります』。
 「四十数年間、人間界と霊界を行き来し、誰もが知りえなかった経験をもとに書きおろされた驚愕の書」という長い副題も添えられている。
 これが事実なら、やや具体性が少ないのと、多少温かみが感じられないような気がしないでもないが、まさかでっち上げではない筈である。
 その理由は、もしもでっち上げの記述であれば、まっさきにこの人が地獄に落ちることになるだろうから、そんな危険を犯すはずもないので、素直に信じるべきだろう。
 ともあれ、地球上の人間社会が、もっとも最下層の修業場所と断定されることと、ペットに対する温かい指摘は、大いに同意できる(苦笑。

 もう1冊は、やや古い翻訳書だか、理系頭のミーク氏が、徹底的な調査によって、膨大な状況証拠を積み重ねて著わした書籍『死後の世界と魂の成長―死んだらどうなるか』。
 どんなに状況証拠があっても、絶対に信用しないという唯物論科学に徹した石頭の理科系人間には、馬の耳に念仏であろうが、説得力においては群を抜く。
 ヒゲジジイ個人は、理系的でもあり文系的でもあるつもりだが、この本は実際には理科系人間にこそ、説得力がある綿密な調査と研究の成果がまとめられている。
 なかでも、信用のある優秀な霊媒を使った霊界通信により、他界した同僚の研究者たちとの霊界通信は圧巻である。
 また、あの世のかなり具体的な生活環境の叙述においては、上述の『死帰』よりも詳しい。

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2010年06月01日の茶トラのボクチン(6歳)
2010年06月01日の茶トラのボクチン(6歳) posted by (C)ヒゲジジイ

2010年06月01日の茶トラのボクチン(6歳)
2010年06月01日の茶トラのボクチン(6歳) posted by (C)ヒゲジジイ

2011年06月01日の茶トラのボクチン(7歳)
2011年06月01日の茶トラのボクチン(7歳) posted by (C)ヒゲジジイ

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2015年05月25日

哲学の貧困および道徳の源泉について

2009年05月25日の茶トラのボクチン(5歳)
2009年05月25日の茶トラのボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母

 昨日のブログは、半数以上の人には不人気であることは重々承知している。
 でも、スピリチュアルな話題を喜ばれる人達もあり、様々な賛同のお言葉を頂くことも多いのである。

 いずれにせよ、「あの世」は絶対にあり得ない、「この世」しかないのだという刹那的な人生観しか持ち得ない無縁の人達の心理は理解に困しむところであるが、想像力の欠如というべきか、哲学の貧困ともいうべきか。

 といっても哲学者のベルグソンの『道徳と宗教の二源泉』を持ち出すまでもない話。

 「あの世」があって、その世界は「この世」も含めて、因果応報の法則が厳密に働いていることを知らなければ、地上における道徳心は、砂上の楼閣に等しいだろう。

 ドストエフスキーが指摘するように、そのような唯物論者の中には、死ねばすべて終わるのだから、人間は何をやっても構わないという、快楽原則にまっしぐらという刹那的な人生を送ろうと企む人も出て来るだろう。

 だからいつまでたっても、世界に平和は訪れないし、日本国内でも凶悪な犯罪が後を絶たないのである。

 数ヶ月前に、匿名者による非常識な非難メールがあり、「あの世」があると言うお前の頭は狂っているから精神病院へ行け、などと罵詈雑言を吐く輩など、傍若無人。みずから「あの世」の地獄の切符を買い求めているかのようである。

 極論すれば、道徳の源泉は、お天道様や御先祖に対する畏敬の念から生まれる部分が大きい筈である。

人間は死んだらどうなるか?という誰もが持つ疑問を宗教界にまかせっきりであることこそ大きな問題だろう。
 生死の問題こそ、人生最大の疑問であるはずだが、教育界も各大学も、あまりにも怠慢であるとしか思えない。哲学の貧困も甚だしく、ソクラテスやプラトンの時代よりもはるかに劣る。

 日本には古神道はもとより、死者との対話が多い『能』という伝統芸能があり、死後の問題をとくに重視した国学者の平田篤胤など、日本の「この世」は常に「あの世」がコインの裏表のように存在する文化であったことを思い出すべきだろう。

 ともあれ、日々の仕事では、多少とも命に関わる疾患の漢方薬によるサポートが主な仕事となっているが、死んだら終わりと思い込んでいる人達に限っては、少しずつでも「あの世」の仕組みを学んでもらっている。
 それを素直に受け入れる人ほど、免疫系統が正常に作動しやすくなるようで、明らかにその後の経過がより好転しやすい。

 皆に共通する死に対する不安と恐怖が取り除かれることで、今後の人生を有意義に過ごしやすくなり、免疫系統がパワフルに正常に機能しやすくなるので、健康に大きく寄与することは想像に難くないだろう。

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2009年05月25日の茶トラのボクチン(5歳)
2009年05月25日の茶トラのボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母

2012年05月25日の茶トラのボクチン(8歳)
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2015年04月06日

「因果応報」という自然の摂理を説明して皆を慰めている

2011年04月06日の茶トラのボクチン(6歳半)
2011年04月06日の茶トラのボクチン(6歳半) posted by (C)ボクチンの母

 漢方薬が一定の効果が得られるようになって、ようやく気心が知れる頃になると、もう一歩の改善を得る為に深く掘り下げると、それぞれに抱えている精神的なストレスの問題が浮上してくる。

 人生にはさまざまな障害がつきものだが、それを前向きに克服することなしには、人間性を鍛えて前進することができないばかりか、慢性疾患の治癒を遅らせることになりかねない。

 職場や身内や友人、隣近所などの人間関係で悩む人は多く、そのために持病を治りにくくしているケースは、昔から今に至るまで変わるところがない。

 理不尽な上司や同僚、家族や縁者や友人、近隣の住人など、それぞれに異なるもものの、ひどいイジメにあっている人すらいる。
 
 でも、世の中のシステムというものは、太古からうまくできているもので、因果応報、天網恢恢疎にして失わずで、必ずや理不尽な言動を行う人は、いわゆる天罰が下るときが、遅かれ早かれやって来る。

 司馬遷は、天道は是か非か、と太古からの厳然たる摂理を疑ったが、ある意味、司馬遷の『史記』は、叙事詩的な感傷にひたるのを特徴とする文学でもあるから、いかにも効果的な表現ではあったが、事実はやっぱり天道は是なること間違いない。
 たとえ万一、今生で天罰が下らなくとも、あの世か、あるいは来世で、必ずや実現するはずのものであろうから。

 ともあれ、過去に実際に見聞しただけでも、理不尽な言動を取り続けた連中は、遅かれ早かれ、いわゆる天罰が下っている。
 中には、これが自然の摂理なのかと、却ってこちらが気の毒に思うほどのことすらあった。

 艱難汝を玉にす、とはよくいったものだが、ヒゲジジイのようなヒニクレ者は別としても、前向きな姿勢で困難に耐えていれば、必ずや遅かれ早かれ光明は見えて来るし、人間性も鍛えられるのだろう。

 但し、その前提条件としては、言い古された言葉ながら、お天道様に顔向けできない言動は、とうぜん慎むべき。

 それゆえ、あまりにも甘ったれた考えや、度を越した自己中心的な言動をする人は、ハナから無縁な人だと漢方相談お断りの薬局ではあるが、人生に真摯に向き合っている人には多少ともやさしく接し、因果応報という自然の摂理を説明してに皆を慰めている。

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2011年04月06日の茶トラのボクチン(6歳半)
2011年04月06日の茶トラのボクチン(6歳半) posted by (C)ボクチンの母

2012年04月06日の茶トラのボクチン(7歳半)
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2015年04月03日

皆が忘れているかもしれない世の中の精巧なシステム

2006年04月03日の茶トラのボクチン(1歳半)
2006年04月03日の茶トラのボクチン(1歳半) posted by (C)ボクチンの母

 因果応報。

 天網恢恢疎にして漏らさず。

 天罰覿面。

 過去、実際に多くの実例に遭遇したり目撃もしているが、上記の法則は、精緻に出来上がった動かし難い、この世のシステムに間違いないようですよ。

 今日は疲れて書くこともないから、このへんで。

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2009年04月03日の茶トラのボクチン(4歳半)
2009年04月03日の茶トラのボクチン(4歳半) posted by (C)ボクチンの母

2009年04月03日の茶トラのボクチン(4歳半)
2009年04月03日の茶トラのボクチン(4歳半) posted by (C)ボクチンの母

2011年04月03日の茶トラのボクチン(6歳半)
2011年04月03日の茶トラのボクチン(6歳半) posted by (C)ボクチンの母

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posted by ヒゲジジイ at 08:35| 山口 ☁| 哲学の煙(けむり)と漢方薬 | 更新情報をチェックする

2015年04月02日

人は何のために生きるのか?

2010年04月02日の茶トラのボクチン(5歳半)
2010年04月02日の茶トラのボクチン(5歳半) posted by (C)ヒゲジジイ

 とってもむずかしい問題ですねっ。

 何らかの原因で絶望に陥ったとき、絶望から立ち直るきっかけは、様々だろうけど、絶望の極に達したところで、内なる本心に突然目覚める人がある。

 そのような経験をすると、存在と無の意味が直感的に分かる、というよりも悟るらしい。

 悟るということは、永遠の自己に目覚めるということであり、心身一如であると同時に、心と身体は別物であるという一見矛盾したことが、すんなりと腑に落ちるというのだから、不思議である。

 人間は何のために生きるのか?
 存在と無の意味が、直感的に把握できれは、問題解決というところでしょうけど・・・。

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2010年04月02日の茶トラのボクチン(5歳半)
2010年04月02日の茶トラのボクチン(5歳半) posted by (C)ヒゲジジイ

2011年04月02日の茶トラのボクチン(6歳半)
2011年04月02日の茶トラのボクチン(6歳半) posted by (C)ヒゲジジイ

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2012年04月02日の茶トラのボクチン(7歳半) posted by (C)ヒゲジジイ

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2015年04月01日

エイプリルフールこそ、絶対にウソをつかない日にしてはどうか?

2010年04月01日の茶トラのボクチン(5歳半)
2010年04月01日の茶トラのボクチン(5歳半) posted by (C)ボクチンの母

 ウソツキが多い世の中、エイプリルフールだけはウソをついてもよい、などとはトンデモナイ!

 日頃から、ウソばっかりついているアナタ、あなた、貴方、貴女・・・あなたっ!

 エイプリルフールくらいは、ウソをつかないことにしたらどうですかっ!?

 来年くらいからは、エイプリルフールだけは、決してウソをつかない日にすべきでしょうっ。

 今年もやっぱり、エイプリルフールがやって来た。

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2011年04月01日の茶トラのボクチン(6歳半) posted by (C)ボクチンの母

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2011年04月01日の茶トラのボクチン(6歳半) posted by (C)ボクチンの母

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2012年04月01日の茶トラのボクチン(7歳半) posted by (C)ボクチンの母



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2015年03月23日

病に侵されない健康な身体を維持する秘訣

2006年03月23日の茶トラのボクチン(1歳半)
2006年03月23日の茶トラのボクチン(1歳半) posted by (C)ボクチンの母

 フィットした漢方薬を常用することは、健康を保持する最高・最大の秘訣の一つではあるが、手前味噌と取られると癪だから、それ以外で健康を維持する最高で最大の方法は何かと言えば、言えばといっても、実際には言うまでもないこと。

 日々の生活において、お天道様に恥じない言動を心がけること。
 これに尽きる。

 翻って、自身はどうかといえば、もちろん、これでも日々、お天道様に決して恥じない言動をしているつもりである。

 その証拠に、高血圧もいつの間にか根治している。
 それでもたまに尿路結石が生じるのは御愛嬌(呵呵。

 天網恢恢疎にして漏らさず。

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2009年03月23日の茶トラのボクチン(4歳半)
2009年03月23日の茶トラのボクチン(4歳半) posted by (C)ボクチンの母

2009年03月23日の茶トラのボクチン(4歳半)
2009年03月23日の茶トラのボクチン(4歳半) posted by (C)ボクチンの母

2011年03月23日の茶トラのボクチン(6歳半)
2011年03月23日の茶トラのボクチン(6歳半) posted by (C)ボクチンの母

2011年03月23日の茶トラのボクチン(6歳半)
2011年03月23日の茶トラのボクチン(6歳半) posted by (C)ボクチンの母


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2014年10月27日

言葉遊びではないけれど 「この世に絶対ということは、絶対ないので、絶対にお断りします」

2008年10月27日のボクチン(4歳)
2008年10月27日のボクチン(4歳) posted by (C)ヒゲジジイ

 「どこへ行っても治らないので、ネットで調べてみたら、村田漢方堂薬局のエラッソウなブログを見て、わざわざ遠方から、はるばるやって来たんですから、絶対に漢方薬で治して下さい!」

 という依頼あれば、

 「この世に絶対ということは、絶対にあり得ないので、そのような絶対的な依頼は、絶対にお断りします!」

 このように、一見話の筋が通っている会話文のように見えながらも、その実、救い難い論理の矛盾が示すように、この地球上の出来事は、一事が万事、矛盾だらけなのだから、「唯物論科学」が絶対などと信じている世の科学者たちは、もっとも浅はかな人達かもしれない。

 そういえば、バルザックの名作に『絶対の探求』という小説がありますが、まるで現在でも「唯物論科学」が絶対だと信じている科学者たちの、パロディーのような・・・。

 ともあれ、哲学者のウィトゲンシュタインをもじって言うわけではないけれども・・・

 地球上世界のあらゆる事象は、言語を模倣する。

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2010年10月27日のボクチン(6歳)
2010年10月27日のボクチン(6歳) posted by (C)ヒゲジジイ

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2014年10月24日

病気は何のためにあるのか?

2008年10月24日のボクチン(4歳)
2008年10月24日のボクチン(4歳) posted by (C)ボクチンの母

 病気は、病院のお医者さんに治してもらうためにある。

 それでも治らないときには、漢方薬で治すために存在する。

 このような卑小な見かたはともかく・・・

 病気は「これまでの生き方が間違って」いる、ことを教えるためにあるのかもしれない。

 だから、昨日のブログでも述べたように、今一度、自分を見詰め直してみることも必要でしょう。

 他人や環境のせいばかりにしていては、永遠に救われない。

 
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2009年10月24日のボクチン(5歳)
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2014年10月23日

人間社会はトラブルだらけというのに、人は何のために生まれてくるのか?

2009年10月23日のボクチン(5歳)
2009年10月23日のボクチン(5歳) posted by (C)ヒゲジジイ

 テレビでもネットでもよいけど、毎日まいにち、人間社会で生じるトラブルの報道だらけ。
 世界のどこかで紛争の絶え間がなく、国内でも殺人事件、恐喝事件や詐欺事件。

 それほどでなくとも、政治家たちの違法行為、イジメ問題や、セクハラにパワハラ問題など、何らかのトラブルが毎日まいにち無数に発生している。

 地球上に生まれ出る人類というのは、猫にも劣るトラブルメーカーばかりの集団だから、お互いに苛め合い、傷つけ合って、喜怒哀楽の変化の絶え間がない日々。

 このようなロクデモない世界で生き抜くには、良い意味で居直ることも必要だろう。

 和して同ぜず、清く正しく、人を妬まず、独立独行の精神で、弱きものを助け、悪は拒絶して近づかず。

 と、きれいごとを言ったところで、実生活では職場の人間関係に苦しみ、家庭では親類縁者や家庭内で、様々な問題も無きにしも非ず。

 人間、生きていくには苦労の多いこと。

 とすれば、人間は何のために生まれて来たのか?
 意味なく生まれて、意味なく死んでいくのだろうか?

 唯物論者のクールな考えを敷衍すると、何の目的もなくこの世に生まれて、せっかく様々なことを学んで来たというのに、多くは百年もしないうちに、命が終わって、結局は無駄な一生を終えることになる。

 車椅子のホーキング博士によれば、人間は死んだら壊れたコンピュータと同じで、その時点ですべて終わり。万事休すと言われる。

 昨今のお寺のお坊さんたちの多くが、死んだら終わりと思っているというから、まったくシャレにもならない。

 彼等が信じている通りなら、「この世」は不条理の世界以外のなにものでもない。

 そんなバカなことがあるものかっ。
 意味なく生まれて、意味もなく死んでいく、なんて・・・
 このような唯物論者の身も蓋もない、貧弱な思い込みを信用する者は、バカである。

 人は何のために生まれてくるのか?
 少なくとも無目的的に生まれて来るわけでもないし、無意味に死んでいくわけでもないでしょう。

 病気で悩んでいる人の場合は、どうして病気になってしまったのか?
 
 ときには休日に、空でも海でも、あるいは山でも眺めながら、しっかり自分を見詰め直してみるのがよいかもしれませんよ。

 地球上で生じる出来事は、すべて必ず理由があるはずです。もちろん難問でしょうけど。

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2010年10月23日のボクチン(6歳)
2010年10月23日のボクチン(6歳) posted by (C)ヒゲジジイ

2010年10月23日のボクチン(6歳)
2010年10月23日のボクチン(6歳) posted by (C)ヒゲジジイ

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2014年07月26日

刮目すべき笠原敏雄という優れた科学者で心理学者の仕事

2009年7月26日のボクチン(5歳)
2009年7月26日のボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母

 現代科学における「定説」の危うさ。
 たとえばアインシュタインの「相対性理論」が定説化した経緯の不思議など。

 超心理学論争における、非科学的な硬直した論理を展開して、恬として恥じない唯物論的科学者達の頑迷さ。

 共同妄想に過ぎない重大な錯誤として指摘される「ストレス学説」や「ネオダーウィニズム」や「PTSD理論」などなど多数。

 「隠された心の力」、人間の本質は「本心」という隠されたグレート・サムシング(いわゆる神)を予感させる論証など。

 寄せては帰す波の音ではあるが、日本人の中で「本物の科学者」といえる人物、笠原敏雄氏の紹介である。
 といても既に他のブログ 漢方薬局経営薬剤師の一喜一憂 における下記、

2014年07月12日 人間の本質を深く知るには笠原敏雄氏の諸著作と氏の翻訳した書籍類を読破するに限る

でも紹介している。

 「人間の本質」のみならず「人生は何のためにあるのか?」
 かなり学問的に追求したい人に向いている。

笠原敏雄氏に言及したブログ記事の案内:
  笠原敏雄:漢方薬専門・村田漢方堂薬局(山口県下関市)の近況報告

2009年7月26日のボクチン(5歳)
2009年7月26日のボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母

2010年7月26日のボクチン(6歳)
2010年7月26日のボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母


ラベル:笠原敏雄
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2014年07月04日

「あの世」が存在する膨大な証拠がありながらも、異常なまでに拒絶反応を示す人たちの深層心理

2009年7月4日のボクチン(5歳)
2009年7月4日のボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母

 たとえば専門分野ではあれほど冷静沈着な学者さんたちの中でも、こと「あの世」の問題になると、時にはヒステリックなほどに拒絶反応を示し、冷静さを失う彼等の異様さに、常々不思議に思っていた。

 たまたま最近、既に所持していた『隠された心の力 唯物論という幻想』という笠原敏雄著の書籍を間違って同じものを再度購入し、手元に同じものが2冊になってしまった。

 せっかくだからと、他の読みかけの書籍を脇において読み進むうちに、人類共通の深層心理として「幸福否定」という「みずから望む幸福感が意識に昇るのを妨げようとする、無意識的な強力な意志」が多かれ少なかれあるということが書かれていた。

 こういう的確な分析は、常日頃から自身や他人を観察するうちに、うすうす感じていたことだったから思わず膝を叩いたのだった。

 そこで、鮮明に閃くものがあった。

 日頃は冷静で論理的な思考をされていたはずの学者さんたちが、こと超常現象やあの世の話になると、ヒステリックなまでに感情的になり、激しい拒絶反応としか思えない非論理的な否定に走るのは、本当は自身の無意識層ではしっかり認識している問題でも、心理的抵抗が強く反射的に極度の不安が生じるらしく、それを意識層に上らせまいとする幸福否定の心の防衛メカニズムが自動的に作動してしまうらしいのである。

 実は彼らとて、無意識層では「あの世」の存在をしっかりと認識しているのだが、それらを意識上で認めてしまうことは「幸福になること」だから、反射的に生じる極度の不安のためか、それらを徹底的に否定しようとする幸福否定の無意識的な強力な意志が働いてしまうらしいのである。

 漢方薬の弁証論治における日頃の想像力を発揮する習慣から、上記の書籍をヒントに、あの世の問題になると、日頃の冷静さを失って、ヒステリックなまでに否定に走る学者さんたちの心の無意識のメカニズムが、ようやくしっかりと理解できたように思われるのである(苦笑。

2009年7月4日のボクチン(5歳)
2009年7月4日のボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母

2009年7月4日のボクチン(5歳)
2009年7月4日のボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母


posted by ヒゲジジイ at 00:08| 山口 ☔| 哲学の煙(けむり)と漢方薬 | 更新情報をチェックする

2014年06月07日

全国的に禁煙が進むにつれて肺癌患者が年々増加し続ける不思議

2010年6月7日のボクちん(6歳)
2010年6月7日のボクちん(6歳) posted by (C)ボクチンの母

 科学は錯覚であるとはよく言ったもので、発がん性で名高い喫煙だが、皮肉なことに年々禁煙が徹底されるにつれ、肺癌患者が減少すると思いきや、逆に肺癌患者が年々増加しつづけている現実は何たる皮肉。

 いずれヒゲジジイなどは肺癌で倒れるかもしれないことは多少は覚悟しないでもなかったが、そうともいえないかもしれない。

 このように、いかに科学が信用ならないか。

 科学は錯覚であるとはよく言ったものである。

 科学の名を借りて、やたらに温め療法が流行したと思えば、今度は生野菜をジュースにして大量に摂取するような慢性的な腹部の冷えをもたらす野蛮なブームに踊らされる。

 好い加減な科学は、科学とは名ばかりで、単なる錯覚に過ぎないことが多いのである。

2010年6月7日のボクちん(6歳)
2010年6月7日のボクちん(6歳) posted by (C)ボクチンの母

2010年6月7日のボクちん(6歳)
2010年6月7日のボクちん(6歳) posted by (C)ボクチンの母

posted by ヒゲジジイ at 18:58| 山口 ☀| 哲学の煙(けむり)と漢方薬 | 更新情報をチェックする

2013年11月28日

意外にも短気な人は長生き、あの世を信じる人も長生き

2007年11月11日のボクチン(3歳)
2007年11月11日のボクチン(3歳) posted by (C)ボクチンの母

 ドイツなどの疫学的調査でも判明していることだが、短気な人ほど長生きしている統計が出されている。

 昨日のテレビ報道でチラッと耳に入った話でも、心疾患?(心筋梗塞だったか?)などで入院治療後、短気な人ほど再発率は少なく、寿命も2倍くらい長いというような統計の報道が流れていた。
 食事中に聞いたので、上記は不正確な記述で申し訳ないが、要するに短気な人ほど長生きする傾向は、疫学的には断定できそうである。

 短気な人は日々怒りを撒き散らしてストレスを溜めないので、要するに憎まれっ子世にはばかるのたぐいか。

 とすれば、ヒゲジジイこそ100歳以上長生きしそうだが、とんでもない、御免こうむりたい話である。

 あの世の素晴らしい世界に戻ることを日々楽しみに生きることで、現世の残る期間がより充実しているのだが、世界中でエゴが渦巻くこの世に、まったく未練はない。

 ともあれ、昨今仕事上で間違いなく断定できることは、短気な人は長生きする傾向があるのと同様に、あの世の存在や輪廻転生を信じる人達も明らかに長生きする傾向が強い。

 それどころか、難病や進行がんや転移がんに見舞われた場合でも、明らかに予後の違いが出て来る。

 奇跡的な改善や治癒が得られるケースも、漢方薬類のサーボートの効果のみならず、その信念の有無により影響力は相当に大きいように思われる。

2007年11月11日のボクチン(3歳)
2007年11月11日のボクチン(3歳) posted by (C)ボクチンの母


ラベル:あの世 輪廻転生
posted by ヒゲジジイ at 07:07| 山口 ☁| 哲学の煙(けむり)と漢方薬 | 更新情報をチェックする

2008年12月27日

話の分かる医師からの贈り物

 JTに勤務する身内の医師から哲学の煙の元をプレゼントされた。本日のことである。
 これまでに味わったこともない素晴らしいものだった。

 世界中から迫害を受ける哲学の煙であるが、漱石の「三四郎」すら読んだことのない無教養人がヒゲジジイの薬局に出入りしている現実を知って愕然としている昨今である。
 哲学の煙の何たるかを知らずに出入りするべからず。

 来年からは「渡り鳥」および「三四郎」未読の人間、入るべからず の看板を掲げる予定である。

 
ラベル:哲学の煙
posted by ヒゲジジイ at 21:24| 山口 ☁| 哲学の煙(けむり)と漢方薬 | 更新情報をチェックする

2008年07月08日

迫害され続ける「哲学の煙」を死守っ!

「哲学の煙」の出自


漱石著「三四郎」

大正13年発行の岩波版「漱石全集 第四巻 三四郎」の116頁より
posted by ヒゲジジイ at 06:51| 山口 ☁| 哲学の煙(けむり)と漢方薬 | 更新情報をチェックする

2007年03月29日

タバコの喫煙は健康を害しますが・・・人によっては心の健康を支えるかもしれません。



 村八分の好きな島国根性の日本人には、上記のタイトルは最も気に食わないことに違いない。
 だからあえて異を唱えたくなる。

 タバコを迫害することにかけては異常なほどの情念を燃やす国民だが、「万病の原因は冷えにある」というトンデモナイ危険思想を信じ込んで、岩盤浴やニンニク健康食品・薬用人参など温補過剰による健康被害には気がつかない。

 この栄養豊かでカロリー過剰の飽食の時代に、かてて加えて異常なほどの温暖化がすすむ時代に、いやはやおめでたいばかりの衆愚ぶりである。

 漢方の専門家でさえ風邪の漢方薬は、いまだに葛根湯だと信じ込まれているこの日本という国は・・・イヤハヤっダッシュ(走り出すさま)

posted by ヒゲジジイ at 01:53| 山口 | 哲学の煙(けむり)と漢方薬 | 更新情報をチェックする

2006年09月08日

哲学の煙(けむり)

 

 昨年暮れのこと、遠路はるばる来られた人の中に、「私も哲学の煙が吸いたい」と駄々をこねて神聖不可侵の薬局内に灰皿を要求された美人のオバサンがいた。
 閉店時間を遠に過ぎていたことでもあるし、喜んでオニックス製の立派な灰皿を使ってもらった。
 長時間の相談疲れの後に一服を所望されたことに、非を鳴らす気にはなれない。

 昨日も、遠路はるばる来られた方との御相談の最中、しばしば哲学の煙を求めて奥に引っ込み、その都度、名案が浮かんだヒゲジジイの姿と重ねあわせ、昨今はどうしてこうも「哲学の煙」の肩身が狭くなっってしまったのかと、思わず世をはかなむのであった。

ラベル:哲学の煙
posted by ヒゲジジイ at 00:23| 山口 ☁| 哲学の煙(けむり)と漢方薬 | 更新情報をチェックする