2017年03月27日

遠藤周作原作の『沈黙』の映画が、もしも原作通りであれば

2011年03月27日の茶トラのボクチン(6歳半)
2011年03月27日の茶トラのボクチン(6歳半) posted by (C)ヒゲジジイ

 遠藤周作原作の『沈黙』の映画が原作通りであれば、素直に受け入れることはできない。

 50年前に竹山道雄が書いた「バテレンに対する日本側の反駁」を読めば、日本がキリスト教を受け入れがたかった理由がしっかりと書かれている。

 キリシタン弾圧が厳しかったといわれるが、13〜14世紀にかけて、南フランスで栄えた西洋の仏教徒とも呼ぶべき異端カタリ派を、ローマカトリックの法皇の命によって送られた十字軍よる悪魔的な弾圧と殺戮により、完膚なきまで撲滅した残忍さには、とうてい足元にも及ばない。
 中世から近世初頭のキリスト教は異端を折伏して支配することを宗としていた。非キリスト教徒は悪魔の眷属と信じられていた。・・・中略・・・世界はわれらキリスト教徒のために作られた。かくて異教徒を改宗させるか、もしも改宗を肯んじなければ亡ぼすかが、その使命であり、法王は世界を二つに分けてこの両国(ボルトガルとスペイン)に与え、異教徒を奴隷とすることを許した。

    ━ 「バテレンに対する日本側の反駁」より引用

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2012年03月27日の茶トラのボクチン(7歳半)
2012年03月27日の茶トラのボクチン(7歳半) posted by (C)ヒゲジジイ

posted by ヒゲジジイ at 19:09| 山口 ☔| 日本人としての自覚の問題 | 更新情報をチェックする

2016年12月18日

待望の『天孫人種六千年史の研究』の復刻版が発行されたと喜ぶ女性薬剤師

天孫人種六千年史の研究
天孫人種六千年史の研究 posted by (C)ボクチンの母

 そもそもこの書籍は、日本人シュメール起源説を縷々唱えたもので、GHQによって禁書にされたため、原本は極めて少ない。

 上記の写真の左は、戦前に発行された現本で、現在の古書値は箱付で十数万円以上を優に超えるが、右側の綺麗な箱入りの書籍は、最近、八幡書店から少部数が復刻されたもので、9,800円+消費税。

 希望者が100名に達した場合のみ、復刻版を製作するというので、早くから予約していて、ようやく実現したもの。
 大喜びの女性薬剤師ではあるが、現本は二十年くらい前に、箱ナシのものとはいえ、すでに古書店で入手している。

 神田の小宮山書店に問い合わせると、きっと叢文閣書店さんならあるかもしれないと紹介され、そこで昭和3年発行の箱ナシのものを4万円弱で購入している。

 そうではあっても、復刻版も是非とも入手したいものだと、予約していて、ようやく先日送られてきた。
 
 書籍というものは、背表紙を眺めているだけでも、忘我の境に入ることができるので、ストレスの多い現実世界から一時的にでも逃避するには、書籍の世界は打って付けである。

 いつの間にか、ヒゲジジイの蔵書と合わせると、8万冊は優に超えるので、数十年後には、その処分に子供たちは絶句することだろう(呵々。

 上下に掲載する写真のバックに見える書籍類も、主として女性薬剤師の蒐集である。

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天孫人種六千年史の研究
天孫人種六千年史の研究 posted by (C)ボクチンの母

天孫人種六千年史の研究
天孫人種六千年史の研究 posted by (C)ボクチンの母

天孫人種六千年史の研究
天孫人種六千年史の研究 posted by (C)ボクチンの母

2010年12月18日の茶トラのボクちん(6歳)
2010年12月18日の茶トラのボクちん(6歳) posted by (C)ヒゲジジイ

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2016年09月15日

「盛り土」日本語の辞書にモリツチはあってもモリドはない!

2009年9月16日のボクチン(5歳)
2009年9月16日のボクチン(5歳) posted by (C)ヒゲジジイ

 昨今、日本の精神文化の劣化度が目に余る。

 東京都の豊洲新市場の土壌問題は非常識極まりないのは当然としても、日本語の辞書には皆目見当たらないモリド!

 モリツチはあっても、モリドはあらゆる辞書に見当たらない。

 書籍としての伝統ある辞書類については、ほぼすべてで発見できない。

 但し、玉石混交のネット上では、当然のようにモリドが出てくるが、それらはまともな辞書とは言えないので論外である。


 モリドという耳障りで間違った湯桶読み(ゆとうよみ)を最初に始めたのは、ヒゲジジイの知る限りでは、数十年前、NHKの東京大学教養学部出身の女性アナウンサー(現在の渡邊あゆみさん)が「もりど」と発音されて、何と教養のない誤読!と驚いた記憶がある。

 それ以来、NHKはもちろん、あらゆる民放で盛んに「もりど」と発音されるようになった。

 それでも昨日などは朝の朝日放送の「羽鳥慎一モーニングショー」に出演されていたコメンテーターの女性が唯一お一人だけ!「もりつち」と正しく発音されていた。

 日本文化に影響力絶大のテレビ放送の各局が、日本語として間違っている「モリド」という意味不明の発音をまき散らして恬として恥じない日本文化の劣化度が凄まじい。

 のみならず、テレビ放送各局の高給取りの連中が、いかに教養がないかを日々さらし続けているばかりか、非常識な豊洲新市場の土壌問題とも相俟って、世界中に大恥をさらし続けている毎日である。

 土木の現場で「もりど」と誤読されたものが定着したという説があるが、そんなの関係ない。

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2009年9月16日のボクチン(5歳)
2009年9月16日のボクチン(5歳) posted by (C)ヒゲジジイ

posted by ヒゲジジイ at 06:15| 山口 ☁| 日本人としての自覚の問題 | 更新情報をチェックする

2016年09月13日

耳障りな「もりど」、どうして盛り土を「もりつち」という日本語らしい読み方ができないのだろう?

2008年9月13日のボクチン(4歳)
2008年9月13日のボクチン(4歳) posted by (C)ヒゲジジイ

 毎日まいにち、ほんとうに耳障りで、何を意味しているのか、俄かには把握しにくいモリド

 築地市場の豊洲移転が棚上げとなっている原因の「盛り土」問題。

 これをテレビの各局では「もりど」と発音して、実に聞き苦しい。

 耳に入って直ぐに意味を把握しやすい「もりつち」と読んで、美しい本来の日本語の発音をされるのは小池都知事くらいのものである。

 日本人の感性がますます劣化して、せっかく美しい訓読みがあるのに、敢えて実に不自然で意味が把握しにくい重箱読みならぬ湯桶読み(ゆとうよみ)を選択するテレビ放送各局の教養度を疑わざるを得ない。

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2009年9月13日のボクチン(5歳)
2009年9月13日のボクチン(5歳) posted by (C)ヒゲジジイ

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2016年08月03日

見るに堪えない男たち

2008年8月4日のボクチン(4歳)
2008年8月4日のボクチン(4歳) posted by (C)ボクチンの母

 女性都知事の誕生は実におめでたい。

 男達のプライドばかり高くても、芯がまるで通ってない腑抜けどもが多い昨今、女性たちの、皆とは言えないが、一部の腹が座った女性達のあっぱれなこと。

 挨拶回りする都知事に対するまったくもって無礼な応対。
 見ていてこちらのほうが恥ずかしくなる。

 往生際が悪いとは、あの男達のことである。

 立候補者のなかにも、ピント外れの演説ばかりを噛ましていたご老人もおられたが、もはやお戻りになられているのねっと、見るに堪えない男性もいた。

 国会では、これまた腹の座った女性が防衛大臣に選任された。

 国防は、もはや腑抜けた男達に任せてはおけないという安部さんの卓見かもしれない。

 山口県には、女性防衛大臣のように腹の座った保守的な女性達が多いが、流石に長州だからこそかもしれない。

 とは言え、長州であっても昨今では、東京都の連中に負けず劣らず、男達はプライドばかり高くて「嫉妬深いだけが取り柄」の情けない連中が目につかないでもない(苦笑。

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2009年8月4日のボクチン(5歳)
2009年8月4日のボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母

2010年8月4日のボクチン(6歳)
2010年8月4日のボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母

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2016年07月17日

結局、メインのgooメールだけでなく、Gメールも、hotメールも、止むを得ず使うことにした

2010年7月16日の茶トラのボクチン(6歳)
2010年7月16日の茶トラのボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母

 まんまと外国の巨大企業各社の深謀遠慮に負けてしまった感を免れないが、やむを得ず、Gメールも、hotメールまで使うことにした。

 先日もGメールを使われている関東のお馴染みさんと何度か往復メールを交わしていたところ、3度目の送信を拒否された。

 この4〜5年間、この女性に限ってはGメールであっても、こちらのgooメールを拒否されることはなかったのに、とうとうこの人のメールにまで拒絶されるまでに至った。

 重要な交信だっただけに、とうとう根負けしてGメールを新規に借りて、急ぐ返信メールを送ることが可能となった。

 日本企業のNTT系列のgooメールのみ、この会社のメールだけを死ぬまで使い通すつもりだったが、とうとう巨大な外国企業の策略に根負けしてしまった気分で、まるで敗戦した気分ではあるが、やむを得ない(苦笑。

 今後も、引き続きgooメールがメインであることに変わりはないが、Gメールやhotメールによって送信を拒絶される場合は、面倒ながら、交信相手と同じメールに切りかえて返信することで、これまで以上に、メールでの仕事がスムーズに運べることだろう。

 実に悔しくはあるが・・・トホホっ(涙。

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2010年7月16日茶トラのボクチン(6歳)
2010年7月16日茶トラのボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母

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2016年02月02日

あれが人間の本性をさらす見本市

2011年02月02日の茶トラのボクチン(6歳)
2011年02月02日の茶トラのボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母

 国会での与党と野党のやり取りを見ていると、本当に人間とは下種な動物だと思うのである。

 野党というのはいかにして与党のやり方すべてを貶して、揚げ足を取り、侮辱することばかりを考え抜いて、決して褒めることはあり得ない。

 テレビもコメンテーターが居並ぶ民放各社の報道番組も同類で、政府与党を批判して、貶めることばかりを仕事と心得ている。だから当然、与党を褒めることなどあり得ない。

 とりわけ高給取りのコメンテーターがしたり顔で、大衆におもねる綺麗ごとばかりを並べ立てるあの卑しい目付き。

 国会のみならず、コメンテータ達が出演する民法各社の報道番組こそ、ご都合主義の本性を晒す見本市。

 例外は、どこかの放送局がやっている『そこまで言って委員会』くらいのものだろう(苦笑。

 いずれにせよ、人間なんて、ご都合主義で裏表の激しい、猫よりも遥かに劣る下種な動物である。

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2011年02月02日の茶トラのボクチン(6歳)
2011年02月02日の茶トラのボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母

2011年02月02日の茶トラのボクチン(6歳)
2011年02月02日の茶トラのボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母

2011年02月02日の茶トラのボクチン(6歳)
2011年02月02日の茶トラのボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母

2011年02月02日の茶トラのボクチン(6歳)
2011年02月02日の茶トラのボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母
 
 
posted by ヒゲジジイ at 22:47| 山口 ☁| 日本人としての自覚の問題 | 更新情報をチェックする

2015年09月27日

漢方の秘密主義は、いずれは天罰が下るかも(苦笑

2008年9月27日の茶トラのボクちん(4歳)
2008年9月27日の茶トラのボクちん(4歳) posted by (C)ヒゲジジイ

 自費の漢方薬投与を行われている某医師のサイトを紹介されている同業者の方がおられたので、ちょっと覗かせてもらったら、
漢方知識は秘密主義で、弟子には教えるが、一般に広く処方を教えることはない。
 と書かれているところが気になった。

 確かに御指摘の通り、当方に遠方から来られる人達が、過去に通っておられた漢方クリニックや漢方薬局のサイトやブログ類では、漢方薬で治った実例を羅列されながらも、実際に投与されり販売された具体的な方剤名を一切秘匿されていることが、とても多い。

 ヒゲジジイも人のことは言えないものの、それでもブログ類に書いた記事の半数以上は、ブログ上で公開しているつもりである。

 といっても、これだけ漢方薬が認知されるようになった時代にあって、企業秘密をすべて公開していたら、
みずからの首を絞めることになる
 と、上記の某サイトでも指摘される通りかもしれない。

 それでも、敢えて世のため、人の為に、大柴胡湯・茵蔯蒿湯や猪苓湯などの幅広い応用方法のみならず、補気建中湯や分消湯など、腹水を劇的に改善してくれる可能性のある優れた方剤など、数多くの方剤を早くから広く奨めているつもりなので、まだマシな方だと思っている。

 あまりに秘密主義を続けているエゴイストの将来は、あの世に帰ったときには、暗い境涯に引き寄せられて、大いに反省を求められることだろう。

 といっても、過去、やや特殊な方剤の使い方を公開しいたところ、その記事をご覧になった同業者の人達が一斉に取り寄せられたお陰で、製造量が少ない方剤だけに、1ヶ月間品切れ状態になった。
 
 そのお陰で当方の仕入れが間に合わない危険性に遭遇して、冷や汗をかいたことがあった。

 即刻、その方剤を紹介したブログの記事を削除したが、お人好しばかりが善とは限らない

 危うく、その方剤を愛用されている人達に、とんでもない迷惑をかけるところだったのだから。

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2009年9月27日の茶トラのボクちん(5歳)
2009年9月27日の茶トラのボクちん(5歳) posted by (C)ヒゲジジイ


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2015年09月17日

教師に暴力を振るう小学生が急増中というが

2010年9月18日の茶トラのボクちん(6歳)
2010年9月18日の茶トラのボクちん(6歳) posted by (C)ヒゲジジイ

 教師に暴力を振るう欲求不満の小学生たちが増え続けているという。
 これは何を意味するのか、皆で考えてみるがよい。

 人間は、ネコよりも劣る動物であることを、またまた強く証明されるばかりだろう。

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2012年9月18日の茶トラのボクちん(8歳)
2012年9月18日の茶トラのボクちん(8歳) posted by (C)ヒゲジジイ

2012年9月18日の茶トラのボクちん(8歳)
2012年9月18日の茶トラのボクちん(8歳) posted by (C)ヒゲジジイ

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2015年07月29日

もしも高杉晋作があの時代にいなかったら?

2011年7月28日の茶トラのボクチン(7歳)
2011年7月28日の茶トラのボクチン(7歳) posted by (C)ボクチンの母

 日本の明治維新前の日本の困難な状況を知る人なら、少しは想像力が働くだろう。

 もしも我らが長州藩士、高杉晋作があの頃にいなかったとしたら、列強に翻弄され続けて、現在の日本はなかったかもしれない。
 
 今頃、高杉晋作は、霊界から昨今の日本の安保法案騒動を見るにつけ、何と思っているだろうか?

 このような記事を書くと、必ず応援クリック数が激減するのだから、当方のブログの訪問者の意識レベルが知れるので、ますますこの日本の将来は危ういと思うのである。

参考関連文献:
2015年07月17日 いつもバカ騒ぎを煽って視聴率を稼ごうとする馬鹿なマスコミに扇動される、ばかな国民たち
2015年07月19日 性懲りもなく同じ過ちを繰り返すマスゴミと野党の政治家たちに踊らされるバカな国民たち
2015年07月25日 中医学には常と変があるのは常識なんだから!
2015年07月27日 多くの人間は猫よりもはるかに劣る動物であるということ
2015年07月28日 現実を直視できずに硬直した論理に酔い痴れる精神的な病理

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2009年7月29日の茶トラのボクチン(5歳)
2009年7月29日の茶トラのボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母

タグ:高杉晋作
posted by ヒゲジジイ at 07:44| 山口 ☁| 日本人としての自覚の問題 | 更新情報をチェックする

2015年07月17日

いつもバカ騒ぎを煽って視聴率を稼ごうとする馬鹿なマスコミに扇動される、ばかな国民たち

2010年7月18日の茶トラのボクチン(6歳)
2010年7月18日の茶トラのボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母

2015年07月16日 今回も自民党の先見の明か!?
 むかしの安保反対闘争のときも、結局は岸信介の自民党による安保条約の調印によるお陰で、日本は今日まで戦争の無い平和が続いた。

 昨今の世界情勢を考えると、今回の安保法案は当時の自民党の判断と同じく、先見の明があると言えるのかもしれない。

 結局は、いつか来た道と同じにならなければよいが。

 つまり、安保反対で大騒ぎした時と同じ轍を踏むマスゴミと野党のブザマを晒すだけかもしれない。

 それに同調する多くの国民も、あの頃の安保闘争時と同じ顔付きの人達ばかりに見えるのだが・・・。

 その時になって、恥をかかないことを祈る。
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2010年7月18日の茶トラのボクチン(6歳)
2010年7月18日の茶トラのボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母

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2015年05月27日

嬉しいおたより

2015年5月14日の茶トラのトラちゃん(1歳半)
2015年5月14日の茶トラのトラちゃん(1歳半) posted by (C)ヒゲジジイ

2009年05月27日の茶トラのボクチン(5歳)
2009年05月27日の茶トラのボクチン(5歳) posted by (C)ヒゲジジイ

【 ブログへ掲載の可否 】:転載応諾(ブログへ転載させて頂く場合があります。)
【 年 代 】:50〜59歳の男性
【 職 業 】:公務員
【 地 域 】:東海
【 おたより 】:

2015年05月25日の「哲学の貧困および道徳の源泉について」

>『数ヶ月前に、匿名者による非常識な非難メールがあり、「あの世」があると言うお前の頭は狂っているから精神病院へ行け、などと罵詈雑言を吐く輩など、傍若無人。みずから「あの世」の地獄の切符を買い求めているかのようである。』
  ↓
 「あの世があると言うなら精神病院に行け」というなら、「仏陀もキリストも精神病院に行け」というのと同じですよ。この匿名者の心境はまさに地獄の住人ですよ。


2015年05月24日「『あの世』を信じられない高齢者も意外に多いが・・・「民話」の中の署名入りの実話について」

>とはいえ、漢方一筋に頑張っているので、きっと霊界の漢方系の医療団が折々にインスピレーションを送ってくれるので、比較的即効が出やすい仕事が可能なのだろうと信じている(笑。
       
 先生にそれだけの能力と心があるから、霊界の漢方系の医療団インスピレーションを下すのでしょうね。

2009年05月27日の茶トラのボクチン(5歳)
2009年05月27日の茶トラのボクチン(5歳) posted by (C)ヒゲジジイ

お返事メール:>

 おたより、ありがとうございます。

 また、拙文に同意頂けるようで、とても嬉しく思います。

 意外にも、40〜60歳くらいの年齢層で、ブログでこの分野の話題を楽しみにして頂いている人からのご要望もあり、折々に私なりの考えをアップしています。

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2011年05月27日の茶トラのボクチン(7歳)
2011年05月27日の茶トラのボクチン(7歳) posted by (C)ヒゲジジイ

2011年05月27日の茶トラのボクチン(7歳)
2011年05月27日の茶トラのボクチン(7歳) posted by (C)ヒゲジジイ

2012年05月27日の茶トラのボクチン(8歳)
2012年05月27日の茶トラのボクチン(8歳) posted by (C)ヒゲジジイ

2012年05月27日の茶トラのボクチン(8歳)
2012年05月27日の茶トラのボクチン(8歳) posted by (C)ヒゲジジイ

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2015年05月07日

窃盗などの犯罪が増え続ける65歳以上の高齢者たち

2015年5月4日の茶トラのトラちゃん(1歳半)
2015年5月4日の茶トラのトラちゃん(1歳半) posted by (C)ボクチンの母

2009年05月07日の茶トラのボクチン(ほとんど5歳)
2009年05月07日の茶トラのボクチン(ほとんど5歳) posted by (C)ボクチンの母

 恐れを知らぬ高齢者たち。

 年々、65歳以上の高齢者の犯罪が増え続けているという。

 意外にも高齢者ほど、死んだらすべて終わりで、あの世は無いと思い込んでいる人が多く、むしろ若い年齢層の人達の方が、来世があると信じている人が多いのと関連するように思われる。

 死んだらすべて終わりなんだから、俺たちには明日はない、という映画の題名のような気分で日々を暮らしているのかもしれないが、お天道様に恥ずべき生活を送っていると、他界後に痛い目にあっても自業自得である。

 昔なら、悪いことをしたら地獄に落ちるという教えが徹底していた筈だが、戦後の思い上がった実証科学万能の時代精神に洗脳されて、恐れを知らぬ老人を育ててしまったようだ。

 むしろ若い年齢層の方が、スピリチュアルブームもあってか、あの世を信じる人が高齢者よりも明らかに多いように思われる。

 一昨日だったか、テレビのニュース番組で、地獄絵の大作を各種何枚も描いて、子供に教育するのだという高齢の画家を取材した放送があったが、子供を教育するだけでなく、昨今の高齢者こそ、「悪いことをしたら地獄に落ち」るという代々受け継がれた伝統的な教えを叩き込むべきだろう。

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2012年05月07日の茶トラのボクチン(ほとんど8歳)
2012年05月07日の茶トラのボクチン(ほとんど8歳) posted by (C)ボクチンの母

2012年05月07日の茶トラのボクチン(ほとんど8歳)
2012年05月07日の茶トラのボクチン(ほとんど8歳) posted by (C)ボクチンの母

2012年05月07日の茶トラのボクチン(ほとんど8歳)
2012年05月07日の茶トラのボクチン(ほとんど8歳) posted by (C)ボクチンの母


2012年05月07日の茶トラのボクチン(ほとんど8歳)
2012年05月07日の茶トラのボクチン(ほとんど8歳) posted by (C)ボクチンの母


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2015年05月06日

永遠の生命を直感した思想家や哲学者たち

2015年5月5日のシロちゃん(2歳)
2015年5月5日のシロちゃん(2歳) posted by (C)ヒゲジジイ

2009年05月06日の茶トラのボクチン(5歳)
2009年05月06日の茶トラのボクチン(5歳) posted by (C)ヒゲジジイ

 昨日のブログと関連する。

 柳田国男・鈴木大拙・西田幾多郎・田辺元など、日本を代表する思想家や哲学者たちは、永遠の生命を直感した。

 たとえ話ではなく、実際に直感した人達。

 彼等の動かしがたい直感は、まだまだ発達段階にある現在の実証科学なんぞでは、証明することも否定することも、いずれも到底不可能。

 歴史の浅い実証科学というもの、いくら進歩したとはいえ、現時点におけるとてつもない限界を認識できない人達には無縁な話しでしょうけど。

 上記の哲学者たちを取り上げた若松英輔著『魂にふれる』は、ありきたりなスピ本とは異なって、深みのある書籍だろう。
 
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2011年05月06日の茶トラのボクチン(7歳)
2011年05月06日の茶トラのボクチン(7歳) posted by (C)ヒゲジジイ

2011年05月06日の茶トラのボクチン(7歳)
2011年05月06日の茶トラのボクチン(7歳) posted by (C)ヒゲジジイ

2011年05月06日の茶トラのボクチン(7歳)
2011年05月06日の茶トラのボクチン(7歳) posted by (C)ヒゲジジイ

2012年05月06日の茶トラのボクチン(8歳)
2012年05月06日の茶トラのボクチン(8歳) posted by (C)ヒゲジジイ



 
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2015年05月05日

「大震災と、生きている死者」とは

2009年05月05日の茶トラのボクチン(ほとんど5歳)
2009年05月05日の茶トラのボクチン(ほとんど5歳) posted by (C)ボクチンの母

 タイトルの「大震災と、生きている死者」とは・・・
若松英輔著『魂にふれる』副題である。

 この書籍の言わんとすることの大意は、帯の説明文にあるように、
私たちが悲しむとき、悲愛の扉が開き、亡き人が訪れる。
 死者は私たちに寄り添い、常に私たちの魂を見つめている。私たちが見失ったときでさえ、それを見つづけている。悲しみは、死者が近づく合図なのだ。━━死者と共同し、共に今を生きるために。
と書かれている。

 これは比喩的に述べているのではない。

 帯に書かれている案内文だけではやや物足りない。
 本文に沿って補足すれば、
「生者は寄り添ってくれる死者のお陰で、今を生きることができるのだ。」
 を加えるべきか。

 いずれにせよ、かなり的確な評論である。

 実際の内容は、いずれも既に故人となられたフランクルやリルケ、池田晶子・柳田国男・鈴木大拙・西田幾多郎・田辺元・神谷美恵子など、哲学者や思想家の著作を読み解く「死者論」であるから、そこいらへんにころがっているお気楽なスピ本とは異なる。

 愛妻を長期間の闘病の末に亡くされた著者の実体験あってこそ、愛妻との共著といえる作品である。

 ちなみに、著者の若松英輔氏は慶応大学仏文科卒の批評家であるが、「三田文学」編集長を務め、読売新聞読書委員であるかたわら、「薬草を商う人」でもあるという。

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2009年05月05日の茶トラのボクチン(ほとんど5歳)
2009年05月05日の茶トラのボクチン(ほとんど5歳) posted by (C)ボクチンの母

2011年05月05日の茶トラのボクチン(ほとんど7歳)
2011年05月05日の茶トラのボクチン(ほとんど7歳) posted by (C)ボクチンの母

2012年05月05日の茶トラのボクチン(ほとんど8歳)
2012年05月05日の茶トラのボクチン(ほとんど8歳) posted by (C)ボクチンの母

2012年05月05日の茶トラのボクチン(ほとんど8歳)
2012年05月05日の茶トラのボクチン(ほとんど8歳) posted by (C)ボクチンの母


posted by ヒゲジジイ at 00:01| 山口 ☀| 日本人としての自覚の問題 | 更新情報をチェックする

2014年11月04日

小谷野敦著 『バカのための読書術』 を、お奨め太鼓判で推薦していたところ・・・

2009年11月04日のボクチン(5歳)
2009年11月04日のボクチン(5歳) posted by (C)ヒゲジジイ

 茶トラボクチンのニックネームで、アマゾンのレビュー欄に、小谷野敦著『バカのための読書術』を

「一部のイジケタ国家観以外は至って健全で健康的、お奨め太鼓判」

 として、★4つで、ベタ褒めしたつもりだったが・・・

 コメント欄に、著者の小谷野敦氏から直接、お前は差別主義者だ、と決め付けられた。
 どうして差別主義者呼ばわりされるのか?
 まったく意味不明。

 おしなべて人間嫌いで、みずからの干支にちなんで、猫好きであることは事実だが、そんな個人的なことは、そのレビューでは、まったく触れていない。

 百年の恋もいっぺんに冷める、とはこのことです(呵呵。

 それにしても、氏の日本の歴史を蔑ろにしたイジケタ国家観だけは、まったく理解も同調もできない。

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2010年11月04日のボクチン(6歳)
2010年11月04日のボクチン(6歳) posted by (C)ヒゲジジイ

2011年11月04日のボクチン(7歳)
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2012年11月04日のボクチン(8歳) posted by (C)ヒゲジジイ

2012年11月04日のボクチン(8歳)
2012年11月04日のボクチン(8歳) posted by (C)ヒゲジジイ

タグ:小谷野敦
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2014年07月10日

人類の共通した「業」かもしれない「幸福否定」という無意識的な強力な意志

2009年7月10日のボクチン(5歳)
2009年7月10日のボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母

 笠原敏雄著の『幸福否定の構造』は既に絶版で、古書値は通常5,000円以上の相場のようだが、運よく某古書店さんから思いがけず安価な1,500円で帯付の完全本を入手できた。

 幸福否定とは、幸せから遠ざかりたいという人類に共通した心の闇のメカニズムで、ちょうど宿命的な「業」のようなものだろう。

 しかしながら、日々の漢方相談を受けていて感じるのは、 「幸福否定」という心の闇は、個人差がとても大きいように思われる。

 たとえばかなり進行した自己免疫疾患や重度のアトピー性皮膚炎のみならず、たとえ進行癌や転移癌であっても、前向きでしかも良い意味での「執念」を燃やして焦らずじっくりと頑張る人達は、必然的に心の闇が雲散霧消し、漢方薬類による治療効果やサポート力が飛躍的に向上する傾向が強い。
 完全寛解のみならず、いわゆる根治することでさえも稀ではない。

 ところが、西洋医学はもとより地元の漢方薬局でも無効だった人達が、こちらの漢方薬で明らかな効果が見えはじめてお互いに喜んだのもつかのま突然無音となる人達は、「現金な人」というだけでは済まされない、もしかして「幸福否定」という心の闇が大きい人達なのかもしれない。

 最近もそんな大阪のオッチャンを思い出したので、この書籍を入手した喜びから、あれこれと想像してみるのだった(笑。

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2010年7月10日のボクチン(6歳)
2010年7月10日のボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母

2010年7月10日のボクチン(6歳)
2010年7月10日のボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母


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2014年06月22日

プロ意識を取り戻せばグループリーグ突破は十分可能

2009年6月22日のボクチン(5歳)
2009年6月22日のボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母

 うっとうしい六月というのに、日によっては終日年寄りには応える忙しい日があるかと思えば、突然、金曜日のように閑古鳥が鳴く日もある。
 総じて忙しい六月、W杯も重なるので身が持たない。

 そのW杯・・・
 どうやら監督がアマチュアレベルなので心もとない部分もオオアリだが、選手達がプロ意識を戻りさえすれば、予選突破も決して夢ではない。

 ギリシャも意地があるので、おそらく最低限引き分けるか勝つかのいずれかであろうから、日本チームがコロンビアから最低限1点差で勝利すれば、グループリーグを突破すること、ほとんど請け合いである。

 コスタリカとの親善試合では3−1で逆転勝ちした日本だが、そのコスタリカはW杯で優勝経験のあるウルグアイもイタリアも撃破して、すでに予選突破を確定している。
 それに引き換え、日本の惨めな現状はどうしたことか?

 意地があったら少しは親善試合で打ち負かしたコスタリカを学ぶべきだ。
 親善試合で連勝続きで却って監督にも選手にも驕りが出ていたに違いない。

2010年6月22日のボクチン(6歳)
2010年6月22日のボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母

2012年6月22日のボクチン(8歳)
2012年6月22日のボクチン(8歳) posted by (C)ボクチンの母

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2014年04月30日

人生は何の為にあるのか?

2008年8月24日のボクチン4歳
2008年8月24日のボクチン4歳 posted by (C)ボクチンの母

 今日も休み明けとて、中古の頭を酷使するので過酷な1日だった。
 午前中は店頭や電話の応対、メールの返信、送り状の発行など四重の仕事を併行してこなしながらも元気もりもりなれど、午後に突入して、ようやく1時半の昼食が摂れる頃には、急にがっくりと疲労が出て来た。
 受付嬢は昨日から孫を連れて帰ったからか、やけに元気で頑張っていた。

 ともあれ、本日はタイトルのイメージほどには、そんなに堅苦しいことを書きたいのではない(苦笑。
60年以上生きて来ての偶感に過ぎない。

 人間様の命は高だが長くても百年未満。
 その間にはしばしば理不尽なことにも遭遇するし、逆に悪魔のささやきに乗って理不尽なことを行ってしまう。
 
 要するにお天道様に試されているのだ。

 地球上に生まれる人間様というのは(少数の例外を除いて)出来損ないばかりだから、必ず艱難辛苦に遭遇する運命にあり、それにどのように対処するかを試されているのだろう。

 世間でもしばしば言われるとおり、因果応報の法則は不思議なほど精密にできているようだ。
 すなわち苦労は必ず報われるし、楽があれば必ず苦がやって来るし、苦があれば必ず楽がやって来て、実によくバランスが取れている。

 個人的に遭遇した因果応報の事例は、具体的に書くのは些かはばかられるので、やや抽象的に書かざるを得ないが、長い人生ではずいぶん理不尽なめに会ってきたヒゲジジイではあるが、理不尽を働いた連中は遅かれ早かれ何らかの天罰が下っており、これこそが宇宙の法則に違いないと、むしろ厳粛な気持ちにさせられたものである。

 命は永遠であり、死とは別次元に移行するに過ぎないことを知っておれば、そしてまた、その別次元こそ本来の故郷であることを知っておれば、今生の艱難辛苦に耐え抜いた後、いずれは素晴らしい来世が待っているというのに、不自由な肉体が邪魔をして思うようにならないのが今生の人生である。

 気がついてみれば、このような当然な理屈を現代人は、いわゆる唯物論信者で科学信仰のドグマに陥っているため、死んだらすべては終わるという妄信的な信仰、のゆえに、目先の安楽を追求する余り、却って不幸に陥るいるのだろうと思われる。

 昨今、見込みのある若者からご老人まで、ストレートにあの世の仕組みをお話しすることで、機が熟している人たちでは、それを素直に受け取って、多くの難治性疾患などの治癒をかなり促進しているように思われる。

 というのも、意外に多くの人たちが実際に心霊的な体験をしているので、素直に受け取ってもらえる素地が備わっていたということらしい。

 実に意外なことではあったが、それだけに一部の人達は似非霊能者に騙されて痛い目に遭っている。

2008年8月24日のボクチン4歳
2008年8月24日のボクチン4歳 posted by (C)ボクチンの母


 
posted by ヒゲジジイ at 22:43| 山口 ☁| 日本人としての自覚の問題 | 更新情報をチェックする

2014年04月11日

足るを知る-霊性の高いペットたちの生き様

DSC_0410
DSC_0410 posted by (C)ボクチンの母

 現在飼っているネコ四匹。

 餌と水とトイレの世話だけで、清潔好きな彼たち(2匹)も彼女(2匹)たちも、何一つ不足を言わない。

 四匹ともがとても仲がよく、すべての世話をヒヒジジイ一人でやっているが、まったく苦労はない。

 人間よりも霊性の高い彼らや彼女らは、下種な人間のように身の程知らずの野望を抱くこともなく、淡々と日々を過ごす。

 1日の3分の2は寝ているようだが、一説にはその間、体外離脱して霊界のネコ社会に帰って遊んでいるともいわれる。

 それはともかく、地球上のペットの存在意義というものは、分不相応の野望を抱いてエゴとエゴが衝突してトラブルが多発する人間社会に暗に警告を発する存在なのかもしれない。

2008年8月21日のボクチン(4歳)
2008年8月21日のボクチン(4歳) posted by (C)ボクチンの母

posted by ヒゲジジイ at 23:44| 山口 ☁| 日本人としての自覚の問題 | 更新情報をチェックする