2005年11月09日

芥川龍之介の作品「袈裟と盛遠」中の今様の作者についての疑問に対するBさんのお返事

Bさんからのお返事メール: 月曜日は夜までゼミなので…お返事できませんでした。あしからず。

 『袈裟と盛遠』の今様について。


 手元にある資料・全集・研究書を見てみましたが、ご指摘のとおり典拠不明です。
 もとより『袈裟と盛遠』自体の研究史が浅い(少ない)ということもありますが、もしかすると作品論の論文を漁ると出てくるかもしれません。が、今は発表の準備やらなにやらで、手をつけられません。。12月あるいは1月になってから、でもよろしいですか?それでもよろしければ、一通り当たってみます。35年待ち続けたのを、いま少し。。

 一応、目算は半々です。
 まず、龍之介の特徴として、引用される文言はほとんど改変しない、ということがあります。従来の古典解釈ないし歴史解釈とは異なる独自の解釈を、作品の内容(解釈)のレベルで提示することはあっても、注目すべき文言は元のまま出してくる…そうすることで、読者の再解釈(芥川流古典・歴史解釈および考現学の妥当性の検討)を促すような仕組みになって(いると、私は思って)います。

 すると、同じか、ほぼ同じ文言が、別の書物に潜んでいるかもしれません。無論、まだ見つかっていない可能性は、大きいです。(本の虫・芥川の知られざる典拠は山とあるはずです。実際、「未詳」がたくさんあります。ただ、今日の研究では、以前のように典拠を明らかにするだけでは、論文になりません。従って、ことによると、見つかっているのに出てこない、ということもあるかもしれません。『袈裟と盛遠』の発表は大正7年。大正6年、芥川は倉田百三『出家とその弟子』に感心していること、『袈裟と盛遠』が劇作風であることなどから…親鸞に関係する話のどこか、それもマニアックな書物に、材源はあるかもしれません。)

 しかし、「今様」であることから、創作の可能性は捨てがたい気がします。というのも、芥川はレトリックの達人なので、言葉遊びを非常に巧みに取り入れています。つまり、この「今様」が「古典としての今様」ではなく、まさに、「今・様」である、ということかもしれないわけです。村田さんの突き当たった創作の可能性です。それに、龍之介は詩歌が大好きですから、
 くだらない、と思われそうですが、そういうくだらないようなことを、たくさん織り込んでいることもまた、事実です。。この点については、難しいことばかり考える賢い先行研究者の方々は、気がついていないみたいですけれども。(ともすると、気づいていても、くだらないから、書いていないのかもしれませんけれども。)

 ともあれ、自分の勉強にもなるので、やるには、やります。放りはしません。

 それと、鹿島氏批評について。
 私の文章の癖で、いささか挑発的に感じられるかと思いますが、青二才の傲慢さ、とお受け取りください。

 鹿島さん(よく新聞で拝見します)が実際どんなことをおっしゃったのか、ちょっとブログだけではわかりかねるので、多言は慎みます。
 ただ、<西洋/日本>という違いについて思ったことを。
 近現代の日本を論じる際に重要なのは、近現代の日本を作っているものを洗いざらい考えてみること、だと思います。日本という「場」がつなぐ、共時的な歴史観と通時的な歴史観の二つの座標軸を同時に、あるいは、場=共時の連続としての通時的な歴史観を考えた方がいい、と思います。
 特に近代以降の日本人は、世界のさまざまな物事をちゃんぽんしていますし、聞いたこともないような世界の小国の経済にまで、大きくかかわってもいますから、伝統(?)もしかり、西洋もアジアもしかり。どこのどのような考え方が、自分の中に入り込んでいるのか、は乱雑です。(もっとも、いつの時代もそういう意味では乱雑ではあります。)乱雑さには、寛容に、しかし、自分の考えは、鮮明に、と思います。
 「今の日本の保守は無教養すぎる。」と仰ったのだとすれば、それは老いの繰言と同じような言葉として取れるのではないかな、と思いました。したたかな言葉に、声を荒げて応じれば、相手の手に乗ってしまうと思います。世間に時々いるツワモノは、繰言を無視して、わが道を行く…ように見えますが、どうでしょう?(何しろモノを読んでいないので、乗れず…スミマセン。。今度みておきます。)

 以上、さしあたり、振られたことへの返答でした。
 いま少し、お待ちください。。

 ごきげんよう。


ヒゲ薬剤師のお礼のメール:拝復

ご多忙中を、ありがとうございます。多分、芥川の今様は、そう簡単には、ケリが付かないと思います。

これでも、相当な本の収集家で、いったん物に引っかかると徹底的にやるほうですから、文学には学問的には素人でも、龍之介の死因なども早くから見抜いていた、つもりです。日録には記していますが。

人間って〜のは、意外にとんでもないことが、自殺の原因になっているもので、きっとご存知でしょうが、芥川の不倫相手に脅迫されて、豚箱入りになるのが恐ろしくて自殺した、というのが真相だと小生も考えています。
北原白秋の例を恐れて、何度も?白秋に質問していたようですからね。

話がそれましたが、あの今様に対する推論は、やはり専門家は違うものですね。なるほど、っと半分は思いましたが、あれだけの胸に染み入る「今様」に、これまで見る限りは、いずれの本にも注釈ひとつすら出来ない、あるいは「しない」「なされない」というのも、案外、日本の文学者もツマラヌ連中ですね。

あの今様は、人生の本質をズバリ突いている、と感じますが、まっ人様々で、感性に違いがあるから・・・・・・・

ところで、前回のメールに、書きたかったのに、上記の年来の疑問があった為に、それを優先しましたが、

現在は、芥川龍之介の研究を忌み嫌い、馬鹿にする?ような風潮さえあるような雰囲気とは、何とも驚きです。

ご存知とは思いますが、戦後の作家たちの多くは、芥川龍之介と志賀直哉をお手本とした。

龍之介の知性と痴性の両面性も面白い課題で、そこを突く人はあまりいまい。
女性には、少々だらしない、男に対する態度と、女性に対する態度の豹変振りを感じさせる意外な証言も結構あったように記憶しますが、・・・・・・。
そういうところが、龍之介の嫌いなところで、なよなよするな、と張り倒したくなる部分です。

ところで、鹿島茂氏に対するに、

「したたかな言葉に、声を荒げて応じれば、相手の手に乗ってしまうと思います。」

とありましたが、意外に、陳腐な考え?をお持ちですね!?

小生、常に漢方界でも、論争面では正面突破で論破して来ました。

ちょうど現在も18年前の拙論を牛歩の歩みで「漢方と漢方薬の真実」サイト(http://m-kanpo.ftw.jp/)で、その一部を自慢げに(笑)再録しつつあるところです。

正面突破の方法は、完璧に近い自信があるからやれることで、原稿料をもらいながら、随分やってきましたよ。専門分野でね。

自信があるという裏には、同じ考えの専門家がタクサンあり、しかもしっかりした根拠があるから、代表して正面突破を自信満々でやれたという部分もあります。

Bさんをちょっと怒らすことを言いますが、その点では、このヒゲ薬剤師のほうが、若くてまだまだ血気盛ん、かもしれませんよ。

変に老成してはダメですよ!

ちょっと言い過ぎました。お返事は急がなくても結構ですよ。
どんなに時間がかかっても、何年かかっても構いませんから、龍之介の今様のことは、ほんの一部でも分かれば、必ずご教示下さいませ。

最後に、「芥川龍之介はナゼ自殺したのか?」をお送りして、御機嫌よう!
                         頓首
posted by ヒゲジジイ at 08:05| 山口 | 日本の漢方関連医学・薬学史問答 | 更新情報をチェックする