2016年07月20日

抗癌剤の副作用に耐えられずに拒否した人たち、ばかりでもないので

2010年7月20日のボクチン(6歳)
2010年7月20日のボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母

 進行癌や転移癌で村田漢方堂薬局に通っている人の中には、抗癌剤の副作用に耐えられずに、それを拒否して、漢方サポートに賭けて元気を回復されている人たちが、口を揃えて言われることは、あのまま続けていたら、今頃、命はなかっただろうと述懐される。

 中には拒否したために、抗癌剤を拒否するなら、もう来なくてもよいと、主治医からは逆に拒絶された人もいる。
 
 残酷な話である。

 残酷な拒絶にあったおかげで、抗癌剤なしで過ごされるだけに抗癌剤死を免れ、命を落とすことなく、却って元気を回復して、漢方サポートも相俟って、何年も無症状のままで元気で過ごされている人もおられる。

 抗癌剤を拒否しても、後々まで主治医が拒絶することなく、諸検査だけは継続してもらいながら、漢方サポートだけで根治してしまった人もおられるのは、すでにこのブログでも取り上げている。

 もともと抗癌剤は劇薬どころか毒薬であるものが多いのだが、がん患者といえども、というよりもがん患者であるからこそと言うべきか、人によっては無効であるだけでなく、激しい副作用とともに、宿命効果しか発揮できずに、文字通り毒薬としての作用ばかりが顕著となり、一歩間違えば発癌作用をもろに発揮し兼ねない。

 医師といえども、もともとは薬剤に対する専門家ではないとはいえ、往々にして抗癌剤は毒薬や劇薬であり、一歩間違えば発癌作用を発揮するだけでなく、宿命作用ばかりを発揮することがあり得ることを忘れているはずもなく、極めて高価な抗癌剤投与は、もしかして病院の経営上の問題が絡むのか、あるいはマニュアル通りに行うのが自身の保身には却って都合がよいのか、なかなかデリケートな立場であることは間違いないいようだが・・・。

 ともあれ、主治医の「一緒に頑張りましょうね」という感動的な励ましの言葉を意気に感じ、その抗癌剤治療で却って命を縮めた人は無数といっても過言ではない。

 先日もあったばかりだが、あまりにもこちらのショックも大き過ぎて、その詳細を書く気にはなれない。

 数年前にあった実例では、以前にもこのブログで取り上げているが、手術不可能な下咽頭癌で、漢方薬類を多種類併用しながら、原発巣は放射線治療で完全に消滅したものの、小さな肺転移が生じていたが、2年間を無症状のまま元気で過ごされていた。

 そこで大学病院の指示で、地元で点滴による抗癌剤治療をすることになった。

 ところが、あまりにも副作用が激しく、しばらく歩行困難になったほどで、地元の主治医は二度と抗癌剤は無理だと言われていたが、幸いにも漢方薬類だけを継続していると、再び元気を取り戻し、歩行も自由に出来るようになったものの、肺転移の病巣は依然として存在していた。

 激しい抗癌剤による副作用で懲りたはずが、その1年後、漢方サポートを続けることまる3年経過した時点で、またもや大学病院の指示で、もう一度、同じ抗癌剤治療を行うように説得された。

 地元の主治医もご家族も、もちろんヒゲジジイも大反対したのだが、ご本人が大学病院の主治医に懇々と説得され、男性患者であるがゆえに意気に感じてか、ご本人だけが同意してしまったのである。

 今度ばかりは足が立てなくなるどころか、一気に脳転移を生じて平衡感覚を失い、その後、あっというまに3ヶ月後に亡くなられた。

 あまりにも激しい副作用ばかりで無効だった抗癌剤を、元気を回復したからといって、同じ抗癌剤で2度目の挑戦を行うと、ほとんどのケースで短期間で命を奪われている。

 現実に、抗癌剤が無効であるばかりか、激しい副作用に見舞われるだけだった後遺症を、漢方薬類で劇的に回復できたと思った矢先、再度、無知な主治医によって同じ抗癌剤を投与されたために、短期間で命を奪われる。

 そのような許しがたい医師による愚行が、日々、日本全国で行われている。

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2009年7月21日茶トラのボクチン(5歳)
2009年7月21日茶トラのボクチン(5歳) posted by (C)ボクチンの母

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