2015年04月07日

善意はいつも通用するとは限らない⇒疑り深いのもほどほどに!

2009年04月07日の茶トラのボクチン(4歳半)
2009年04月07日の茶トラのボクチン(4歳半) posted by (C)ヒゲジジイ

 些か無力感を感じる話ではありますが・・・

 数十年前、煎じ薬をメインにしていた頃、ようやく軌道に乗り始めて千客万来、まだ十分に体力と気力の充実していた頃だったので、少しでも人気を取るために、取らぬ狸の皮算用、インフレ時代に逆行して、1日の煎じ薬の価格を値下げしたところ、一部の人から、品質を下げて、効き目が悪くなるのではないかと、イヤな目つきで不安がられたことがあった。

 当時は漢方専門の薬局自体がとても少なかったので、絶滅危惧種のプライドを誇示して、技術料と相談料を加算して2倍くらに値上げすべきだったかと、やや後悔したものである(苦笑。

 もちろん品質は常に最優良品の原料で、品質を落とすなどはあり得ず、「善意が半ば、低価格で人気を博する目的半ば」、という思惑が仇。
 あらぬ疑惑を向けられたのだから、善意はいつも通用するとは限らないことのよい教訓となったはずだった。

 その後、各社優秀な漢方エキス製剤が増えるにつれ、面倒で時間を奪い過ぎる煎じ薬は敬遠して、主としてエキス製剤主体の仕事に移行。
 とりわけ品質優秀な製剤ばかりを取り揃え、次第に使用量も大幅に増え続けるにつれ、一部の徳用セット価格を少し値下げしたところ、上記と同様の疑惑を持たれたのには、さらに驚かされた。

 あにはからんや、品質が下がったのではないかと、ずいぶん疑った人が少数ながらあり、そのことでむしろその人の人格を疑わざるを得ないほど不快を味わったこともある。

 とうぜん、商売上は高く販売できるのなら、それに越したことはないように見えるが、あまりに高価格では継続服用が困難になることだろう。
 販売数も増加の一途を辿っていたところだから、まったくの善意で行ったことでも、少数の人からは、あらぬ疑いをかけられる。

 善意がアダになることも多いので、ほんとうに暮らしにくい世の中である。

 仕事外でも、あることを相談されて純粋に親切心からのアドバイスが、却って逆恨みで返礼されたこともある。

 善意が逆効果になることもあるので、無力感から人間社会で暮らすのが、ときどき面倒になることがあったが、昨今では「縁なき人達」と思って、ぜんぜん割り切っている。

 どうせ、ネコ社会よりも、はるかに劣る人間社会だものっ。

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2010年04月07日の茶トラのボクチン(5歳半)
2010年04月07日の茶トラのボクチン(5歳半) posted by (C)ヒゲジジイ

2011年04月07日の茶トラのボクチン(6歳半)
2011年04月07日の茶トラのボクチン(6歳半) posted by (C)ヒゲジジイ

2012年04月07日の茶トラのボクチン(7歳半)
2012年04月07日の茶トラのボクチン(7歳半) posted by (C)ヒゲジジイ

2012年04月07日の茶トラのボクチン(7歳半)
2012年04月07日の茶トラのボクチン(7歳半) posted by (C)ヒゲジジイ

2012年04月07日の茶トラのボクチン(7歳半)
2012年04月07日の茶トラのボクチン(7歳半) posted by (C)ヒゲジジイ


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