2014年08月09日

お盆前の憂鬱

2010年8月9日のボクチン(6歳)
2010年8月9日のボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母

 的確にフィットしている方剤が、やや高価なものなので、もっと節約できる他の安価な方剤で代替できないだろうか、という問い合わせがあったが、「残念ながら、漢方処方というものは、合成医薬品のようにジェネリックのような代替薬というのは一切、まったくあり得ない世界です」ので、服用量を減らしてみる以外の方法はありません、とお返事しておいた。

 保険漢方にもない、かなり特殊な第2類医薬品で、しかも製造元も2社だけ。

 的確シャープに即効が出ている人に限って、このような問題が生じるのだから、もしかしてこれも「幸福否定」の心の闇なのだろうかと、大変失礼ながらも、そんな感慨を抱いてしまう。
 (もしも。これを見ていたら、ゴメンナサイ。)

 どうせ罰当たりなヒゲジジイだから、なんでもダラダラ本音を書いて、色んな人を傷つけているのだろうけど、今から書くことは、みずから墓穴を掘るような、本当に罰当たりな人間である。

 自覚があるだけに、却って始末に負えないないかもしれないが・・・・

 いまからお盆の行事の下準備が憂鬱なのである。

 というのも、仏壇のある部屋には、パソコン機器類に関連した品々が散乱し、各種様々なデジタル一眼レフやレンズ類も散乱。
 加えて、中医学専門書籍や一般書籍類が足の踏み場も無いほど散乱している。

 お盆がやって来るまでに、それらをかたずけて、他の部屋に移動させなければならないが、その移動場所といっても、どの部屋にも膨大な書籍が埋まっている。

 別棟の家に移動させる方法を考えようにも、隣の棟は書庫専門の3階建てだが、既に満タン以上で、既に置き場がなくなっている。
 上の自宅も悲惨なほど本や物が詰まって、足の踏み場も無い。
 
 そのうち、ボケが始まるとともに、ごみ屋敷が出現したと、大騒ぎになるのじゃないかと、いまから恐怖、恐怖。

 やや離れたところには、子供たち(といっても大人)の家があるが、そこだけはまだ空間がしっかりあっても、運び入れることは、絶対に拒否される。

 あの世に行ったら、この世の持ち物には、きっぱり執着を断ち切れるのだが、まだとうぶんの間、お迎えがきそうにもない。

 あの世に足を踏み入れたらさいご、「この罰当たりめっ!」と、父母から、きつくお仕置きを受けそうなので、行きたくても、うっかり行くこともできない。
 上記のような、いつも一時的とはいえ、仏間を物置場同然となっている恥ずかしい事情があるからである。

 盆前には整然とすっきりした部屋に戻っても、お正月を過ぎると、また次第に同じことを毎年繰り返している。

 何と言っても、やはり異常に多いのが、どの部屋を見ても、重たい本や書籍やブックや雑誌類が、あまりにも膨大で、今にも床が落ちかねない悲惨さっ。

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2010年8月9日のボクチン(6歳)
2010年8月9日のボクチン(6歳) posted by (C)ボクチンの母

2012年8月9日のボクチン(8歳)
2012年8月9日のボクチン(8歳) posted by (C)ボクチンの母


ラベル:幸福否定 あの世
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