2006年07月06日

「頑張る」という言葉の微妙さ・難しさ・デリケートさについて

 日本人は昔から「頑張る」と言う言葉が大好きだ。日本人は古来、一所懸命頑張ってきた国民だと思う。
 だからその反動だろう、今頃は「頑張らなくっていいよ」という発言がやけに耳に付く。
 良し悪しは別として、ヒゲ爺のように本質的にサボり人間には、「頑張る」というこの言葉は折々に必要だ。

 翻って戦後も戦後、平成の御世に入ってからは、サボり人間ばかりが目立つ日本国である。昨日投稿した話題の中心人物、藤田氏のように一握りのエリートは別にして、あまりにも頑張らない人が多すぎるように思う。
 そういう時代の風潮に追い討ちをかけるかのように「頑張らなくていいよ」と言われれば、人並みはずれたグウタラヒゲ爺は、じゃ〜〜〜サボろうじゃないのっと居直って、薬局を閉じたままチヌ釣に現(ウツツ)を抜かしかねないのである。

 自分のことはさておき、ガンは今や二三人に一人は罹患するありきたりな疾患となっている。その半数近くは根治しており、根治出来ない人でも直ぐに死亡するケースは稀有である。
 後者においては現実問題として、頑張らないより頑張ったほうがよりよい経過が持続しているケースが多い。
 転移ガンや進行がんであっても、闘わないより適切な戦略を立てて、ほどほどには立ち向かって頑張ったほうが経過も良いことが多いし、精神的にも安定が得られていることが多いように思われる。

 だから、あんまり「頑張るな、頑張らなくていいよ」と言うのも、すべてケース・バイ・ケースということである。
【関連する記事】
posted by ヒゲジジイ at 12:51| 山口 ☁| 繊細でデリケートなヒゲジジイ | 更新情報をチェックする