
2008年8月20日のボクチン(4歳) posted by (C)ボクチンの母
実に興醒めな話。
死後の世界はあるかどうかわからない題名と著者の肩書き「スリランカ上座仏教長老」に魅かれて購入した書籍だったが、この引用文のみならず、その小題には「死後の世界はあるかどうかわからない」とあって、ますます興醒めしてこの本を投げ出してしまった。
(前文略)
日本の仏教の専門家、寺院のお坊さまにお聞きしますと、死後の世界を信じる人よりは信じない人のほうが多いような気がします。まして大学の教授たちに聞いてみると、死後の世界なんて存在しないと堂々と言うのです。
━アルボムッレ・スマナサーラ著『死後はどうなるの?』角川文庫より
十五ページ目にして読むに耐えないというお粗末。
妻子を捨ててまで悟りを得たかったお釈迦様が創設された仏教である。
(妻子を捨てるなんて、なんと冷たい。)
それゆえ小乗仏教と云われる所以かもしれないが、大乗仏教に発展するにつれ、日本に伝来して以後も宗旨は肥大膨張分派を繰り返して、挙句は死後の世界を信じない坊さんたちを多く輩出する。
それなら何のための仏教なのだろう?
某寺院の元僧侶に直接聞いた話であるが、旧仏教系のその高名な寺院では、観光客に「あの世」のことを問われても、一切答えないように僧侶達に指導しているそうである。
そういえば我輩がもっともシンパシーを感じて長年熱中した禅宗にしても・・・
直指人心、見性成仏(じきしにんしん、けんしょうじょうぶつ)したところで、あの世のことはさっぱり分からないようだ。
せいぜい「一即多、多即一」を体感するのが関の山ではないかと勘ぐりたくなる。
体外離脱の経験のほうが、よっぽど「あの世」の存在を体感できるように思われる。
四月になって暇な日々が続くので、罰当たりなことばかり考えてロクなことはない。
とはいえ、ここ200年近くの間に「あの世」の存在を証明する信頼性の高い膨大な証拠が蓄積されているのだが、目に見えない物は信じられないという幼稚な唯物史観に洗脳されている連中には、「あの世」についてははなから思考停止してフリーズ状態。
縁なき衆生を地で行く話しだが、すでに宗教のレベルを通り越している。
すなわち、漢方薬の効果が状況証拠として証明されているように、「あの世」の存在証明もまったく同様である。

2008年8月20日のボクチン(4歳) posted by (C)ボクチンの母