2012年12月22日
一向に収束しないオタフク風邪(流行性耳下腺炎)
すずめ posted by (C)ヒゲジジイ
おたより:東海地方の美人薬剤師
★一向に収束しないオタフク風邪★
昨年から流行し続けているオタフク風邪が、一向に収まる気配がないばかりか、こちらでは相当に増え続けています。
長くて暑い夏、そしてのどかな春や、さわやかな秋が殆どない、最近の過激な気候が影響しているのでしょうか?
小さい頃にオタフクをやった方でも、程度が軽かった方・・・片腫れの方などで、再度オタフク風邪を拾っている成人が今年はかなり見られました。
成人のオタフクは本当に後々まで大変です。
こちらの従業員の男性(61歳)も、今年の3月に高熱と喉の腫れの他に、睾丸が夏ミカン大に腫れ上がり、歩けない、寝返りも打てない状況が続き、銀翹散製剤の他、竜胆潟肝湯、茵陳蒿湯等を大量に使って、何とか復帰したものの、腎精を消耗し、陰陽両虚となり、その後の体力の回復に驚くほど時間を要しています。
私自身も、17年前に娘のオタフクに感染したとき、耳下腺、顎下腺、卵巣が損傷し、半年以上、唾液が出なくなり、すぐに扁桃腺が腫れたり、喉に膿がついたりして、慢性的な気道感染症を起こしていました。
月経も正常化するのに、約1年かかった記憶があり、それを想い出しながら、オタフクの脅威を感じています。
現在は、その他に胃腸風邪がとても流行しており、これからはいよいよインフルエンザの季節に入ってゆきますが、予防と養生を学ばれた常連さんは、数種類の漢方を、状況に応じて使い分ける術を身につけておられ、心強い限りです。
お互いにすべてを許せた永遠の友 posted by (C)ボクチンの母
お返事メール:いつもブログへのご協力ありがとうございます。
オタフク風邪(流行性耳下腺炎)につきましては今から30年前、愚息が幼稚園児の頃に感染し、大好きなアイスーリムなどを嫌がり却って悪化するので、葛根湯を主方で一週間くらいかかって治癒しました。
愚息が治ったと思った矢先に愚妻にも感染してしまい、高熱を発して顔が文字通り「おたふく」の顔貌となりました。
やはりアイスクリームなど冷たいものを嫌がるので、やはり葛根湯を主方で何とか一週間くらいで快癒してしまいました。
二人とも生殖器への影響は皆無でホット胸をなでおろしたものでした。
また葛根湯証が減じた頃には柴胡剤に切り替えたような記憶がありますが、つまりは「傷寒論」の記載通りの推移と対処方法で快癒した記憶があります。
その後、5年前くらいだったかお馴染みさんの若い女性がいつも感染症では病院治療で治らない人なので、耳下腺炎に罹ったときにも直ぐに来られましたが、いつもなら最初から天津感冒片や辛夷清肺湯が適応するタイプであるのに、激しい悪寒と項背部の冷えと凝りを参考に、初期には葛根湯を使って温めたところ、1日で従来の温病的な症状に転化したので、いつもの天津感冒片や辛夷清肺湯に切り替えて快癒した例もありました。
オタフク風邪の症状の推移はもともとの体質によって異なるので一概に論じることはできないとはいえ、過去の少ない経験からは、どうも初発は葛根湯証を呈する人が多いように感じています。
多少でも参考になれば幸いです。
お互いにすべてを許せた永遠の友 posted by (C)ボクチンの母
posted by ヒゲジジイ at 18:20| 山口 ☁| ウイルス感染や細菌感染(痔瘻や各種歯科疾患など)
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2012年12月19日
ノロウイルス感染症に対する漢方薬
6月初旬はまだこんなに元気だったボクチン posted by (C)ボクチンの母
寒くなってから変異型のノロウイルス感染が大流行しているとテレビ報道が連日流されている。
西洋医学的には治療法が皆無といわれるノロウイルス感染症だが、これまで例年見られたノロウイルス感染症には、中医学や漢方の世界では五苓散や藿香正気散(カッコウショウキサン)に板藍根(板藍茶)の併用で、容易に症状が改善され短期間で回復していた。
中医学的というか中西医結合医学的には、板藍根(板藍茶)の重要性は計り知れないが、日本では医薬品として許可されておらず、それゆえ品質的にも濃度的にも、各メーカー間の格差は想像以上に大きく、一流メーカーでさえ、驚くほど低濃度で使い物にならない品物も目に付く。
このような日本国における板藍根の取り扱いについても分かるように、いかに日本が漢方薬の後進国であるかを証明する一端でもある。
ともあれ、今年の変異型のノロウイルスに対して、例年通りの方法がどの程度通用するかは不明であるが、試してみる価値は大いにあるに違いない。
ボクボクに追われて助けを求めるボクチンの懐かしい面影 posted by (C)ボクチンの母
posted by ヒゲジジイ at 14:08| 山口 ☁| ウイルス感染や細菌感染(痔瘻や各種歯科疾患など)
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2012年12月16日
帯状疱疹後神経痛
飼い主としっかり会話が出来た懐かしいボクチンの思い出 posted by (C)ボクチンの母
ブログへの転載の可否 : ブログへ転載を許可します
年齢 : 30歳〜39歳の男性
簡単なご住所 : 四国地方
具体的な御職業 : 鍼灸師
おたより : 村田恭介先生へ御礼を申し上げます。
ブログでの漢方記事を、毎回拝読させていただいております。
実母の「ヘルペス後の神経痛」に家族ともども難儀しておりましたが、先生のブログ記事を参考にして「○○○○○」の服用にて症状が改善することが出来ました。
改めて、先生の凄さと弁証論治を徹底する事の重要性を、再認識いたしました。有難うございました。
観察力があって飼い主と会話が出来た懐かしいボクチン posted by (C)ボクチンの母
posted by ヒゲジジイ at 20:16| 山口 | ヘルペス:帯状疱疹と帯状疱疹後神経痛や性器ヘルペスや口唇ヘルペスなど
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2012年12月14日
年末が近付くと数ヶ月の病歴レベルで来られる新人さんが増加するので疲労が蓄積
ボクチンの優しい目にいつも癒されていた posted by (C)ボクチンの母
11月頃から新人さんが極端に増加するのはよいが、その半数以上は病歴数ヶ月など、軽症者でまだまだ地元の病院や、病院で治らなければ地元の漢方薬局で相談するべき人達が、ぞろぞろと来られるので困ったものである。
その多くは通える自信もない人達が多く、あるいは病歴が長い人でも、病院の漢方薬で不快反応が生じてダメだったので、漢方薬の服用自体に少々の不安があるという来られる資格のない人も混じる。
一方、重大な疾患で遠方から通って来られる人の中には、その熱心さのお陰で半年にして初めて明らかな効果が出始めた慢性リンパ性白血病の特殊型の人もおられれば、骨髄異形成症候群では初回によい反応があっても、その後はまた血液成分が徐々に減少傾向が一ヶ月以上続き、結局、数ヶ月もしない短期間で諦めた方もおられる。
その骨髄異形成症候群でご高齢者が北海道から通いたいとのお電話でのお問い合わせがあったが、遠距離で体力を失っては虻蜂取らずなのできっぱりとお断りせざるを得なかった。
とりわけ今週は、意外にも月曜日が暇だった例外的な日を除いて、火曜日・水曜日・木曜日と連続1日中ほとんど休む暇もなく、老体には大いに応えた。
いつも癒してくれていたボクチンはおらず、だからおだやかな表情のボクチンの写真を眺めて癒しを求める毎日なのだった(涙。
ボクチンの優しい目にいつも癒されていた posted by (C)ボクチンの母
posted by ヒゲジジイ at 07:31| 山口 | 近況報告
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2012年12月10日
入退院を繰り返す痔瘻(痔ろう)に托裏消毒飲の方意を持たせた配合で効果があるのに・・・
2012年6月22日のボクチン posted by (C)ボクチンの母
最初来られたときには相当深刻、痔瘻で入退院を繰り返しており、一歩間違えば敗血症すら心配される状況である。病院では根治法が得られないようで、奥深い化膿巣が何度入院しても除去しきれない。
微熱に不快な患部の持続性の疼痛など、繰り返しの入院治療もはかばかしくない。
そこで当方に訪れ、こちらでは例によって例のごとくの托裏消毒飲の方意と同等か、あるいはそれ以上の能力を発揮するエキス製剤や中草薬エキスなど三種類の配合で10日。
多少の効果を得られたので、一気に一ヶ月間連続服用するように渡していたところ、その一ヵ月半後に来られて、まずまず効いているようだといいながらも、やはり憂鬱そうな顔は変わらない。
明らかな効果を発揮しているのに、1日に2回しか服用してない計算である。
実際に深刻な病状であり、ご本人もひどく悩んでいるのは十分承知だが、僅か1日2回の連用でそこまでj効果が出ているのなら、どうして1日3回、しっかり服用しないのかっと強く叱りつけたばかりである。
それでなくとも中途半端なことをしていたら、取り返しのつかないことにもなり兼ねないのに、深刻な表情をしている割にはあまりにも不真面目ではないかと、強く反省を促さざるを得なかった。
ともあれ、漢方後進国の日本では、慢性化膿性疾患には最も重要な托裏消毒飲の製造基準や許可基準がないために、どうあがいてもエキス製剤の製造許可が得られないのだから、何とも融通の利かない漢方行政である。
2012年6月22日のボクチン posted by (C)ボクチンの母
posted by ヒゲジジイ at 12:55| 山口 ☁| ウイルス感染や細菌感染(痔瘻や各種歯科疾患など)
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2012年12月09日
人間嫌いになる理由(苦笑
一代目ボクチンが元気だった最後の頃 posted by (C)ボクチンの母
以前当方の漢方薬で治った人が、折々に常備薬を買いに来られるついでにやや高齢のご家族を連れてこられた。
様々な症状を訴えられるので、病院にはかかっているのですか?と問えば、勿論ですとも、それで不十分だったから半年前にここへ(村田漢方堂薬局)連れてきてもらって漢方薬を出してもらいました、と。
相談カードを調べると、確かに六味丸系列の丸剤と補中丸の二種類を販売していた。
あの配合では効果がなかったのですか?と問えば、いえよく効きました。それでかかりつけの医師に見てもらったら、補中丸と似たツムラ漢方に補中益気湯というのがあるからとそれに代えるように言われ、それを今まで飲んでいました。
補中丸とツムラ補中益気湯は似て非なるものだが、それで効かないのなら以前のこちらの配合に戻せばよいだけのことではないですかっ!? とアドバイスしても煮え切らない。
要するに漢方相談はこちら(村田漢方堂薬局)でしてもらって、病院のツムラ漢方レベルでどうしたらよいかを聞き出したかっただけのことだった。
縁なき衆生は救いようがない。
そういう図々しい無理難題を依頼されても、こちらは慈善事業ではないので、きっぱりお断り。
半年前にこちらから出した二種類を続ければよいだけの話が、その僅かな金額をケチって、人の道に反する言動を慇懃無礼に行う連中とは不倶戴天。
こんな世の中だから、絶大な信頼関係のあった茶トラのボクチンとの強い絆がいつまでも忘れられないのだった。
ツグミ posted by (C)ヒゲジジイ
posted by ヒゲジジイ at 07:58| 山口 ☔| お気軽やお気楽、迷っている人・無礼な人・クレーマー予備軍の漢方相談お断り
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2012年12月07日
手足の強烈な冷え症には当帰四逆加呉茱萸生姜湯
2004年5月に野良猫が庭に産み落として育児放棄されたボクチンたち posted by (C)ボクチンの母
もともと冷え症レベルのありきたりな症状で、当方のような一定レベル以上の疾患ばかりの漢方相談が主体のところに、わざわざ足を運ぶには及ばない。
どこの漢方薬局でも十分に対応できそうな話しである。
ところが、今年は様々な一定レベル以上の疾患に当帰四逆加呉茱萸生姜湯証が合併している新人さんたちが数多く訪れる。
極端な例では上半身は難治性の眼科疾患などで清熱舒筋法を必要してそれが的確にフィットしているにも関わらず、足先と腹部や腰部の強烈な冷えを伴って激しい腰痛が合併していたケースもある。
つまり上半身は強力な清熱剤を必要とし、下半身には温経散寒の当帰四逆加呉茱萸生姜湯が必須で、このような配合でスムーズに寛解に向かっている。
常連さんたちの中にも、今年は例年になく足先が冷えるというので、やはりこれが当帰四逆加呉茱萸生姜湯で的確にフィットするのである。
これによって手足の冷えのみならず頭痛やフラツキが同時に改善したお馴染みさんもある。
新人さんの付き添いで来られた人が、下半身の強烈な冷え症に何かよい漢方薬がありますか?という相談にも当帰四逆加呉茱萸生姜湯。
ことほど左様に今年は例年になく当帰四逆加呉茱萸生姜湯証の人達が爆発的に増えている。
節電の影響が出ているのかどうか? 原因は分からない。
2004年5月に野良猫が庭に産み落として育児放棄されたボクチンたち posted by (C)ボクチンの母
posted by ヒゲジジイ at 19:44| 山口 ☀| 時代的な傾向や使用頻度が増加中の漢方薬方剤
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2012年12月05日
中村勘三郎さんの術後の肺炎
懐かしいボクチンの思い出 posted by (C)ボクチンの母
中村勘三郎さんが本日、57歳の若さでお亡くなりになった。
食道癌初期の術後、おそらく免疫力低下により肺炎を誘発された模様。
ちょうど昨日、やや遠方から通われている二回目の胃癌のややご高齢者(80歳弱)が、手術予定前に急速に病変が縮小し、内視鏡でも癌病巣は消え、以前にあった潰瘍状態に戻り、しかもかなり面積が小さくなっている。
同時にCEAもまったく正常値に下がっており、これなら手術を延期してしばらく様子を見てもよいのではないかといわれるに至った。
とはいえ、これは検査してくれた内科医師の診断とアドバイスであり、外科の先生はそれでも切るべきとの意見の違いがあるようだが、ご本人は手術を延期してしばらく来年半ばまでいったんは様子をみることを決意されている。
ところで、この検査を受ける一ヶ月前には、かなり重度の肺炎を患って、そのお陰で予定の手術が延期となり、肺炎の危機から脱出して九死に一生を得たばかりの人。
今日の中村勘三郎さんの悲報に接してヒヤリとさせられたが、実に人間万事塞翁が馬というべきか。
懐かしいボクチンの思い出 posted by (C)ボクチンの母
posted by ヒゲジジイ at 08:29| 山口 ☁| 日本残酷物語
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2012年12月04日
最も元気で活発だったころの茶トラの猫のボクチン(4〜5歳)
どうしても人間の手にかからない栄養不良の野良猫が、我が家の裏庭で産み落として育児放棄された仔猫のボクチンだったから、生まれながらに虚弱。だから茶トラにしたら体重は増えず、常に3Kg前後でとても食が細かった。
もっとも元気だった4〜5歳頃でも、どこかにそれとなく憂い顔を帯びていた。
甘えん坊でとても気の優しいボクチンだった。大人になってもいつまでもだっこが大好きで、裏庭で出くわすといつもだっこして連れ帰ってくれとせがんだ。
人間に向かって一度として怒ることも甘噛みすることもなく、あまりにもやさしくお行儀が良いので、机やテーブルの上を自由に歩かせても決して問題行動を起こすことも無かった。ゴミあさりなど、一度としてやったこともない。
一年前に庭に捨てられていた仔猫のボクボクが新入りでやって来ても拒むことなくやさしいボクチンは、いつもボクボクにチョッカイ出されたり意地悪されてばかり。
それでも同僚として扱い滅多に怒ることもなかった。
2008/09/02 posted by (C)ボクチンの母
2008/09/02 posted by (C)ボクチンの母
2008/09/02 posted by (C)ボクチンの母
2008/08/30 posted by (C)ボクチンの母
2008/08/24 posted by (C)ボクチンの母
2008/08/24 posted by (C)ボクチンの母
2008/08/24 posted by (C)ボクチンの母
2008年9月6日 posted by (C)ボクチンの母
2008/09/09 posted by (C)ボクチンの母
2008/09/10 posted by (C)ボクチンの母
2009/11/20 posted by (C)ボクチンの母
もっとも元気だった4〜5歳頃でも、どこかにそれとなく憂い顔を帯びていた。
甘えん坊でとても気の優しいボクチンだった。大人になってもいつまでもだっこが大好きで、裏庭で出くわすといつもだっこして連れ帰ってくれとせがんだ。
人間に向かって一度として怒ることも甘噛みすることもなく、あまりにもやさしくお行儀が良いので、机やテーブルの上を自由に歩かせても決して問題行動を起こすことも無かった。ゴミあさりなど、一度としてやったこともない。
一年前に庭に捨てられていた仔猫のボクボクが新入りでやって来ても拒むことなくやさしいボクチンは、いつもボクボクにチョッカイ出されたり意地悪されてばかり。
それでも同僚として扱い滅多に怒ることもなかった。
2008/09/02 posted by (C)ボクチンの母
2008/09/02 posted by (C)ボクチンの母
2008/09/02 posted by (C)ボクチンの母
2008/08/30 posted by (C)ボクチンの母
2008/08/24 posted by (C)ボクチンの母
2008/08/24 posted by (C)ボクチンの母
2008/08/24 posted by (C)ボクチンの母
2008年9月6日 posted by (C)ボクチンの母
2008/09/09 posted by (C)ボクチンの母
2008/09/10 posted by (C)ボクチンの母
2009/11/20 posted by (C)ボクチンの母
posted by ヒゲジジイ at 07:55| 山口 ☁| 繊細でデリケートなヒゲジジイ
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2012年12月03日
最愛の茶トラのボクチンが8歳で病死してしまった
平成24年10月28日茶トラのボクチンの晩年 posted by (C)ボクチンの母
長期間の親の介護で大変な時期に、いつもボクチンに癒されていた。
でも、その分、親の介護に明け暮れる毎日に追われ、生まれながらに虚弱だったボクチンの健康に十分に配慮してあげれなかったのが、いまにして悔やまれる。
何もかも、お互いに気持ちが通じ合っていた8年間。
ボクチンの体調が急激に悪くなったのは、今年の6月に蚤やダニを退治するフロントラインを滴下して以後、もともと軽度にあった歯肉炎と口内炎が一気に爆発的に悪化し、同時に多飲・多尿の腎不全の兆候が出て来た。
獣医師はフロントラインとは無関係で偶然だと断定されるが、フロントラインを滴下して以後であることに間違いは無い。
ボクチンが亡くなって悲嘆にくれていたら、パソコンのお気に入りにいつの間にかブログ「白衣を脱いだ漢方と漢方薬専門のヒゲ薬剤師」のボクチンの写真が載ったページが多数登録されていた。
ボクチンの仕業としか思えない。
重度のペットロスに罹っているのは間違いないけど、11月8日(永眠した日)以来、今日まで新人さんたちの漢方薬フィット率は落ちるどころか、ほぼ全員1〜2回目でしっかりフィットしている。
ボクチンの加護かもしれない。
ボクチンが亡くなる前、毎日のように動物病院に通院して治療を受けていたが、一時は目覚しく治癒に向かうかと思われた時期もあったが、5年毎の薬局の開設許可更新時期にあたっているというので、薬務課の連中が決まって午後からネチリネチリと3回にも亘って監視とやらに来られ、そのために3度も通院を中止せざるを得なかった。
つまり、ヒゲジジイの最愛のボクチンの死期を早めたのも、間違いなく薬務課の連中に負うところが多い。
無題 posted by (C)ボクチンの母
無題 posted by (C)ボクチンの母
IMGP1246 posted by (C)ボクチンの母
posted by ヒゲジジイ at 07:40| 山口 ☁| 繊細でデリケートなヒゲジジイ
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