2008年05月20日

強迫神経症に合併する過敏性大腸炎の漢方薬

漢方専門薬剤師による漢方薬方剤漫遊記 漢方専門薬剤師による漢方薬方剤漫遊記 から

性別 : 男性
年齢 : 30歳〜39歳
ご職業 : 会社員
簡単なご住所 : 関西地方
ご意見やご質問をどうぞ :  はじめまして、●●と申します。
 漢方医学を現代医学的に再解釈したり、あるいは化学的に効能を分析したり関連付けたりすることに拒絶感を覚える方も多いかもしれませんが、ぜひご意見お聞かせ下さい。

 数年前に強迫神経症・自律神経失調と診断され、今までいろいろやってきながら数年たちました。心理療法・催眠療法も受けています。
 しかし生まれながらにして疳の虫・夜鳴きが激しく、幼いころから身体が硬かった自分は、今思えばそのころから肝気鬱結だったようで、心理療法や現代医学の投薬で症状が大幅に改善されたとは言いがたく、最近になって通い始めた漢方式鍼灸でようやくお腹と背中の頑固な張りが緩和されてきました。

 催眠・心理療法においても、過敏性腸炎の緩和催眠CDを渡されたので、きっと精神の不調と消化器とは、医学的・化学的な関連性があるのだと思っていましたが、ネットで興味深い事実に行き当たりました。

 うつ、強迫症は脳内のセロトニン不足が引き金で起こるもので、逆に過敏性腸炎とは腸内の過剰なセロトニン分泌で引き起こされる下痢などを伴うという。セロトニンとは脳神経伝達物質なので、脳の物質と考えてしまいそうだが、実は腸内のクロム親和細胞で作られている。
 ということは過敏性腸炎とうつ・強迫症とは、実は関連性があるのではないかと個人的に感じるようになった。

 実際、下記のHP記述では、胃潰瘍と精神安定を兼ねた薬(スルピリド:ドクマチール)と抗鬱剤(SSRI選択的セロトニン再取込阻害薬)を投与すると、強迫症に係わっているとされている部位の、前部帯状回皮質が鎮静したとあります。
http://www.ocd-net.jp/column/c_04.html
 そう考えると、うつや強迫症には、過敏性大腸炎に効く薬が良いのでしょうか。
 四逆散はやはりそれに良い薬なのでしょうか。

 事実、鍼灸院では柴胡加竜骨牡蠣湯か四逆散を薦められました。今まで前者を飲んでいましたが、頭を使いすぎた直後の就寝時の不眠には、あまりきいていません。頭が緊張して少し張り詰めたような感じがします。

 やはり肝と脾の不和によってもたらされた、神経のバランス異常なのでしょうか。私も四逆散に処方を変えてみたいと思います。
 いかがでしょう。


お返事メール:本来、適切な漢方薬を求めるには、漢方の専門家に直接相談するべきです。
 それを承知でお問い合わせされているはずですので、すべて当方からのアドバイスはほんのヒント程度にして、お近くの中医学に堪能な専門家のところへ出向くべきです。

 まず、強迫神経症は、意志力があり人生を前向きに考えたい人には、医師が主催する森田療法がもっとも効果的なように思います。

 但し、せっかく漢方薬を考えておられるので、ヒントを述べれば、もしも柴胡加竜骨牡蠣湯で一定の効果を感じられる部分がおありなら、四逆散に切り替えるのではなく、四逆散も一緒に併用することです。
 配合薬物としては柴胡が二重に重なってしまいますが、それぞれの処方の配合比率をやや減らし加減で併用すれば大丈夫です。

 当方では、パニック症候群と鬱傾向が合併している症例では、しばしば両者を併用してもらうケースが多々あります。

 中でも典型例としては、会社に出勤するのはよいが、会社の前まで来ると決まってカラエヅキ(内容物の出ない嘔吐)を繰り返し、この不安神経症というか、強迫神経症がかった発作のために、出勤が甚だ困難となり、離婚寸前まで行ったところで、当方に相談に来られ、柴胡加竜骨牡蠣湯と四逆散の併用で、次第に寛解するに到り、半年後からは奥様が代理で漢方薬の購入に来られるまでになりました。
すなわち離婚を免れた訳です。

 そのほかにも何度も離職せざるを得なかった重度のパニック障害をこれらの配合を主体に、その他の多種類の併用方剤とともに再就職がかない、ようやく長年のパニック症候群から離脱できた人など。

 ところで貴方が悩まれる強迫神経症に合併する過敏性大腸炎は四逆散証の場合もあれば、桂枝芍薬湯が適応するケースや、柴胡桂枝湯が適応するなどの場合もありますが、柴胡加竜骨牡蠣湯と四逆散の併用でも、それらの方剤がすべて含まれてしまいますので奏効する可能性なしとしません。

 また強迫神経症につきましては、内容にもよるでしょうが、パニック症候群のようにうまくいくかどうかは不明です。程度が軽症であれば、漢方で十分寛解できるでしょうが、重症のばあいは森田療法など禅的な厳しい生活指導が必要な場合もあるように思います。

 心の理不尽に矛盾した葛藤の解決というのは、ときに難航するケースが見られるようです。

 メールでお返事できる程度は、せいぜいこれが限界です。ほんのヒント程度にされて、御覧になったブログ http://cyosyu.exblog.jp/ の注意書きにもありますように、
「記載内容はすべて専門家向けです。一般の方がヒントにされる場合は、必ず医師・薬剤師など近隣の漢方薬の専門家に御相談下さい。素人療法は絶対に禁物です!」
という内容を遵守して下さい。

 西洋医学的な分析は、あくまで参考程度のことで、これにあまり深入りすると弁証論治の世界観がいびつに歪んでしまいます。

 以上、取り急ぎお返事まで。


【編集後記】
 科学は錯覚の繰り返しだから、新しい発見というものこそ明日には修正が施されることも珍しくない。
 それにも増して問題なことは、西洋医学的知見を中医学や漢方の世界でこだわりすぎると、弁証論治や方証相対の原則から逸脱してしまうことが多い。

 といっても西洋医学的知見を否定するのではなく、ある程度は参考にはしても、あまり深入りしないほうが無難だということである。


折り返し頂いたメール:●●です。

 ご意見拝見しました。ずいぶんと深みのある内容で、その日の内にお返事下さりまして、大変恐縮です。

 ずいぶんとお手間を取らせてしまいました。
 とはいえ、相当納得するものがあり、その方向で検討したいと思っております。ありがとうございました。