以下は、平成7年に漢方を専門とする某内科医の先生から花粉症の漢方薬について質問を受けた時の回答である。当時は過剰なくらい老婆親切であったことに、我ながら驚いている。当時は花粉症に茵蔯蒿湯(インチンコウトウ)を使用した形跡はない。
以下、当時の手紙文。
さて、花粉症につきましては、一部の例外を除いて、上焦の風熱が主体であると愚考しています。
したがって、天津感冒片を中心に投与すべき症例が多く、天津感冒片の単方、天津感冒片+参蘇飲、天津感冒片+玉屏風散(注記:製剤としては衛益顆粒)、天津感冒片+藿香正気散(カッコウショウキサン)、天津感冒片+小青竜湯、あるいは辛夷清肺湯+参蘇飲、辛夷清肺湯+藿香正気散、辛夷清肺湯+玉屏風散、辛夷清肺湯+小青竜湯などのパターンで、アンダーライン部分は私のところで特に常用する組み合わせです。
(「天津感冒片+小青竜湯」もかなりな速効がみられることも多いのですが、胃弱な人が多い昨今ですので、なるべく避けるようにしています。)
実際の臨床においては、このように寒熱の錯雑したタイプが多く、参蘇飲や藿香正気散、あるいは小青竜湯などの単方では表衛を侵襲した風寒や、体質的素因による肺寒停飲の領域に対処できても、口鼻から侵入した温熱の病邪(花粉による刺激)には十分な対応ができないと思われます。
(但し、一年中症状に悩まされるアレルギー性鼻炎の場合は、肺気虚に風熱をともなうタイプだけでなく、肺気虚に風寒を伴うタイプも多いので、花粉症とは区別する必要があると存じます。たとえば、季節を問わずに出没するアレルギー性鼻炎では、「玉屏風散+参蘇飲」あるいは「玉屏風散+苓甘姜味辛夏仁湯」などのタイプが多いようです。)
つまり、くしゃみ・鼻水だけでなく激しい目の痒みと充血を伴う典型的な花粉症に関しては、風熱が主体の疾患であると愚考している次第です。
天津感冒片はアレルギー性結膜炎にも適応することが多く、大変重宝な方剤です。
なお、玉屏風散の臨床応用につきましては、ほんのサワリ程度ですが、平成7年和漢薬誌の3月号(もうすぐ発行される筈です)の【訳者のコメント】中で述べています。
今年の流感は、二年前の流行時と同様、「天津感冒片+参蘇飲」の配合が大活躍しました。「邪の湊まるところ、その気は必ず虚す」といわれるように、心身の疲労によって一時的な気虚に陥り、この時に表衛が風寒に侵襲され(参蘇飲)、口鼻からは温熱の病毒であるインフルエンザウイルスを吸入し(天津感冒片)、悪寒と発熱に咽喉腫痛というのが昨今の典型的なパターンであり、傷寒と温病が合体した病態が一般的な現象であろうと愚考しています。
もちろん、純粋型の風熱証の場合もあり、この場合は天津感冒片のみで対処できる訳ですが、インフルエンザウイルスの感染ではどのようなタイプであれ、少なくとも初期の段階では上焦の風熱に対する天津感冒片を使用する必要があり、たとえば激しい下痢症状を伴う場合でも「天津感冒片+藿香正気散」などで対処できることが多いようです。
ともあれ、このような急性熱性病に対する方法が、そのまま花粉症にも応用できるわけで、このへんの事情は和漢薬誌488号(平成6年1月号)の巻頭随筆『中医漢方薬学』や、同じく488号の【訳者のコメント】中でも述べたとおりです。
以上、ご質問に対するお返事としては些かピント外れに思われるかもしれませんが、「花粉症」という現代病の実際的な状況にもとづく臨床経験を述べたものです。
私の弁証方法を要約すれば、中医基礎理論にもとづきながらも、現実の病態は複雑多変であり、教科書通りの典型的な病態は現実には比較的少ないという二十数年来の実践経験から、たとえばインフルエンザなどでは傷寒病と温病が合併した病態と考えて方剤を決定するなどは上記の通りです。
また、たとえば希薄透明な鼻水であればすべて寒証であるなどと杓子定規には考えず、「上焦の風熱による急激な症状では、津液が熱化する暇なく外に排出されるので、希薄透明な鼻水もあり得る」など、常に現実に即した実践を心がけている訳です。
そのほかにも、御承知の通り寒熱錯雑・虚実挟雑などは毎度のことであり、病変部位も五臓六腑の1〜2個所に特定できず、数個所以上に渡っていることが多いのですから、実際のところ、いつもいつも弁証には苦労し通しという訳です。
平成7年 3月12日(日曜日)
2008年03月18日
花粉症の漢方薬 (但し、平成7年版)
posted by ヒゲジジイ at 00:17| 山口 | 花粉症・アレルギー性鼻炎・蓄膿症(慢性副鼻腔炎)・後鼻漏
|