おたより:内科医師
すこしご無沙汰していました。
最近の近況について若干のご報告をしたうえで、ご教示ください。
過日、気うつの患者さんのなかに補中益気湯+甘麦大棗湯が有効なかたがみえることをメールしましたが、有効な患者さんによく聞いてみますと、不眠がかなり改善する、とのことでした。
もちろん、意欲とかやる気、億劫さなども改善し前向きになってゆくようです。
さまざまな睡眠剤を処方されても不眠に悩まれているかたが多いですから、助かることだと思います。
不眠に対する効果が私にとって明確になったのは、過眠傾向のある患者さんに、気うつが背景にあることを考慮して前記の合包を処方しましたところ、過眠傾向が悪化した、とのお話でした。
「他の症状は改善したのに、いつまででも眠れる。しかし、仕事にならない」とのことでした。
お伺いしたいことは、補中益気湯、甘麦大棗湯の睡眠に及ぼす影響について、すでに指摘されていること、あるいは、多数例の経験例のなかからお気づきのことがあればご教示くださいますと幸いです。
ヒゲジジイのお返事メール:拝復
甘麦大棗湯は、欠伸が頻繁な人や、「泣き虫」で涙が直ぐにポロポロ出てしまうような女性に有効なことが多く、大学入学により親元を離れてホームシックにかかり毎日泣いてばかりの涙ポロポロ大学生に速効を得たり、また女性の精神異常やヒステリー(器官言語など)にはうってつけの場合が多く、催眠作用や鎮静作用があることは昔から知られているようです。
しかしながら、嗜眠傾向が強い場合はむしろ催眠薬としてもシバシバ使用される酸棗仁湯にこそ、嗜眠傾向を治す力があると日本漢方では口訣が残っているようです。
小生自身の経験では酸棗仁湯こそ不眠症の人に対症療法としてもシバシバ使用しますが、嗜眠傾向、眠り病の人に使用した経験はありません。
補中益気湯には特別に強い催眠作用はないはずですので、ご提示された症例の方は、結果的に甘麦大棗湯を併用する必要はなく、もしかしたら酸棗仁湯で過眠傾向が治るのかもしれません。(日本漢方の口訣はとてもヒントになるケースが多いようですので。)
不眠症の問題に関しましては、向精神薬的な作用がある方剤、たとえば抑肝散加減方・桂枝加竜骨牡蠣湯・柴胡加竜骨牡蠣湯・四逆散・帰脾湯・甘麦大棗湯・加味逍遙散・釣藤散など、証候に適合した場合はいずれも一定の不眠に対する効果を発揮できることが多いと思います。
それでも、もう一つ催眠効果が弱い場合には、それほど証に拘らずに使用できるのが、イスクラ産業から発売されている酸棗仁湯です。癖のある川芎(センキュウ)の配合が僅少であり、その反対に主薬の酸棗仁がタップリ含有されているからです。
もちろん保険漢方で使用される酸棗仁湯も同様に催眠導入剤的な使用が可能で、酸棗仁湯いずれの製剤でも、朝・昼の服用は省略して、就寝前に一回だけの使用でも有効な場合が多いようです。但し、一般の酸棗仁湯の場合は川芎がまれに胃に障るなどの不快症状が伴うことが皆無とは言い切れません。
なお、甘麦大棗湯は適応者以外に使用した場合、甘草の配合が多い方剤ですので、他方剤との併用とも相俟って、浮腫みや血圧を上昇させる副作用が生じることもあり得ますので、その点には注意が肝要だと存じます。
以上、取り急ぎお返事まで。
頓首
村田恭介拝
【編集後記的補注】 不眠関連の方剤としては、市販されているものに温胆湯や温胆湯の加味方剤および天王補心丹や柏子養心丸など、弁証論治によって使用すべき便利な方剤もある。
しかしながら、上記にも指摘した養心安神の酸棗仁湯においては、とりわけ主薬の酸棗仁の配合分量が特別に多く川芎を減じたイスクラの製剤の場合はとても重宝している。特別な弁証論治を必要とせず体質を選ばずに安心して使用出来るが、効果に多少の個人差があるのは当然であり、止むを得ないことであろう。
ともあれ、今回の書き方は日本漢方時代の名残であるが、中医学と日本漢方のダブルスタンダードが中医漢方薬学の出発点であり、またその本質の一角をなしているのだから当然でもある。
一般的には「ダブルスタンダード」というのは批判されるべき「二枚舌」を指すことが多いようだが、いかにも頑固に見えて意外に柔軟な精神を有する(笑)ヒゲジジイであってみれば、中医漢方薬学におけるダブルスタンダードは、融通性に富む漢方薬学であることの表現に過ぎない。
日本漢方の口訣(くけつ)には、中医学派が参考にすべきヒントがとても豊富だからでもある。
折り返し頂いたメール:いつものように、早速お返事くださいましてありがとうございました。
嗜眠傾向の患者さんへの酸棗仁湯の使用、是非試みてみます。
また、甘麦大棗湯の催眠作用や鎮静作用についてご教示いただきまして今後の参考にしたいと思います。
2007年05月27日
不眠症に対する漢方薬と嗜眠に対する漢方薬
posted by ヒゲジジイ at 00:45| 山口 | 更年期障害・自律神経失調症や不定愁訴症候群
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