2006年11月14日

猪苓湯の効能についてのご質問

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IMGP4728 posted by (C)ヒゲジジイ

ご質問者:東海地区の内科医師

 論文、脾肺病としてのアトピー性皮膚炎、のなかでの考察で、猪苓湯の作用について、肺、脾、 腎、肝四臓の補益とともに滋陰利水の効能をもつので,少陽三焦を通じて皮毛と肌肉間の膜ソウ区域の水分代謝の偏在を調節する効能、と記述されています。
 私のような浅学にあっては勉強不足のせいか、この方剤の効能として理解が容易ではありません。

 中医理論ではごく当然のことなのかもしれないのですが、本剤のアトピー性皮膚炎における作用を考える上で鍵となる点ですので、肺、脾、腎、肝四臓の補益、膜ソウ区域の水分代謝の偏在を調節、について今一度ご教示くださいますと幸いです。

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IMGP4900 posted by (C)ヒゲジジイ

ヒゲジジイのお返事メール:拝復
 たしかにあの拙論だけでは説明不十分だと思います。

 そもそも少陽三焦理論そのものが、中国四川省 西都中医学院教授・陳潮祖先生独特の深遠な考察にもとづくものです。ですからこの少陽三焦理論は、中医学世界において特に重視するのは陳先生著の中国語原書「中医病機治法学」においてかなり完成された少陽三焦理論を提唱されて以後のことだと思います。
 といっても、この説を特に重視するのは一部の人に限られるように思えます。
 この書籍の翻訳書は下記のページに詳しく書いていますが、小生自身が翻訳競争に負けた経緯も書いています。

中医臨床のための「病機と治法」 陳潮祖著 神戸中医研訳編

 ところで、猪苓湯の拙論は、文字通りの村田のオリジナル拙論です。
 陳潮祖先生の少陽三焦理論にヒントを得て打ち立てた理論で、この理論から言えば、猪苓湯ではなく「滑石茯苓湯」と名付けたいところです。

 その拙論の詳細は、
猪苓湯と少陽三焦 (猪苓湯が滑石茯苓湯に変わるとき)
 に掲載していますが、これは改訂版で、
元版は 猪苓湯が滑石茯苓湯に変わるとき(アトピー性皮膚炎) に掲載しています。

 これらは既に御覧になっておられるかもしれませんが、その中に当時、はっきり書いたつもりの「チョレイ」に補益作用があることの記載が欠けているのに気がつきました!
 昨今の中医学書には、チョレイの補益作用が欠落していますが、神農本草経にはっきりと記載があります。チョレイを服用し続けると老化しないという記載すらあるほどです。(追記注:正確には、「身が軽くなって老いに耐える」と記載されている。但し李時珍の本草綱目では茯苓のような補薬に入れられてない。

 ブクリョウには滲湿利水とともに健脾補中などの補益作用があるのはご存知の通りですが、これらチョレイとブクリョウの補益作用により、猪苓湯一方剤で、明らかな扶正と去邪を兼ね備えた方剤となっています。
 もともと甘味を備える生薬は、補益作用があるのは当然の理屈であり、一般の中薬学書には、チョレイの補益作用の指摘が欠落していると愚考しています。

 ちょっと話がそれてしまいましたが、これら補益作用の指摘がやや欠落していたこと以外は、上記の拙論にかなり詳細に説明したつもりです。

 しかしながら、結局は陳潮祖先生の少陽三焦理論が基礎となっており、これについての詳細な記載は、一般中医学書には決して見当たるものではありません。
 先の中国語原書「中医病機治法学」か、医歯薬出版から発行された翻訳書か、さもなければ先にあげた拙論、あるいは、

http://mkanpo.exblog.jp/3434231/

膜原(まくげん)と腠理(そうり)の詳細については、(追記注:膜腠=「膜原腠理」について本ブログの性能上、正しい漢字が表現できないので「膜腠」=「膜原と腠理」は下記のURLを参照されたし。

http://mkanpo.exblog.jp/3557456/

などが参考になるかと思います。

 結局は陳潮祖先生の少陽三焦理論をヒントにした立論であるだけに、陳先生の主著「中医病機治法学」読んでいただくのが、急がば回れの道かもしれません。

以上、不十分な説明で恐縮です。
                    頓首

折り返し頂いたメール:お忙しいなかを早速詳細にしかも文献まで参照してお返事くださいましてありがとうございました。
 さっそく、論文を拝読して理解を深めたいとおもいます。かさねて感謝します。


後日思い出した追記: ヒゲジジイ自身が以前「和漢薬」誌に陳潮祖先生の『中医病機治法学』の訳注的連載を行っていた折の編集後記に記した拙文を漢方薬は中医漢方薬学派の漢方相談専門薬局サイト中の1ページとして利水滲湿薬「猪苓」の補益性についてを掲載している。
 その中に
神農本草経には「久服すれば身が軽くなって老いに耐えるようになる」と述べられており、清代の名医葉天士は「猪苓の甘味は益脾する。脾は統血するので猪苓の補脾によって血が旺盛となり、老いに耐えるようになる。また猪苓の辛甘は益肺する。肺は気を主るので猪苓の補肺によって肺気が充実して身は軽くなる」と解説している。
ということを書いている。

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IMG_4179 posted by (C)ヒゲジジイ

posted by ヒゲジジイ at 12:59| 山口 ☁| 中医漢方薬学問答 | 更新情報をチェックする

薬学部進学を目指す受験生からの漢方薬に関する質問

漢方と漢方薬の真実 サイトの御質問フォームより、
性別 : 男性
年齢 : 10歳〜19歳
御職業 : 学生
簡単な御住所 : 東北地方
ご意見やご質問をどうぞ: 初めまして、●●と申します。
 お忙しいとは思いますが、質問させてください。
 私は現在、高校三年で、漢方薬に興味があり、大学では薬学部に進学したいと考えています。それで、漢方薬について自分でインターネット等で調べてみたのですが、漢方薬が終末期医療や癌に対する代替療法として利用されているというような事が書いてありまりた。
 そこでなのですが、漢方薬をそれらの用途に用いることの有効性や現在の普及率、また将来性はどれほどのものなのでしょうか?教えてください。

 また、近年ヒトゲノムの解析が進み、これから個人個人にあった創薬が可能になると思うのですが、その中で、漢方薬の必要性が低くなっっていまうことはないのでしょうか?

 上の質問とは全く違う内容なのるのですが、市販の漢方のエキス製剤について質問させてください。
 漢方薬は患者一人一人の証の診断をおこなって処方するものであると本にあったのですが、市販のエキス製剤の場合、風邪なら葛根湯、というように症状によって用いられてしまっていると思うのですが、問題はないのでしょうか?

 長々と申し訳ありませんが、よろしくお願い致します。


ヒゲ薬剤師のお返事メール: これはあくまで個人的な意見としての前提ですが、総論的に言って、一般世間の人が思われる以上に漢方と漢方薬の世界はとてつもなく奥深く、奥深いということは一定レベルの知識と技術を修得するにはそれなりの苦労と経験が必要であるということです。
 それだけ奥深いものを浅薄な知識だけで漢方薬を使用し、効くとか効かないとかを云々しても、はじまらない。
 言い換えれば、高度な知識と技術があれば、一般の人が想像する以上の力を発揮できる、すなわち治療効果、改善効果を発揮できるということです。

 例は悪いかもしれませんが、小生個人の経験で言えば、本業以外にのめり込んだものにチヌ釣りと、ホームページ制作があります。これらの分野は一定期間、たとえばチヌ釣りの場合は、数年も集中的に修練すれば、人よりも釣果を上げられるようになります。
 ホームページ制作は、二年前に一つだけ業者に僅かなページを作ってもらっただけですが、一年間くらいはなかなか勉強する暇もないまま、ホームページビルダーなども使いこなせず、かと言って若い人達でも作れるものを50歳をかなりすぎた老人でも何とかやれないかとHTMLソースを眺めたり、本を読んだり、試行錯誤をしていたら突然、視界が開けて、今では難関だったスタイルシートを使ってデザインも変えられるくらいになりました。業者さんほどの上手なサイトは作れなくとも、二年も経たないうちにかなり自由自在なHPが作れるようになりました。それも、多忙な本業をこなしながら作成ソフトは一切使わずに、手打ちですべて簡単に制作できるほどになりました。

 ところが、本業の漢方と漢方薬の世界と来たら、若い頃にはのめり込んで、日本漢方や中医学と、独学ならが悪戦苦闘し続けて、ようやく大きな視界が開けたのが、15年以上どころか20年以上、どころか現在33年のキャリアがありますが、まだまだもろいところがあるのを自覚しています。

 世間では漢方をやさしいように宣伝しているむきもありますが、それほど単純ではなく、片手まで修得できるほど安易ではないのです。ところが、深く修得すればするほど、ありきたりな方剤でも適応症がはっきり見えてきますので、的確に使用すれば相当な威力を発揮することができます。
 しかしながら適応を誤れば、合成医薬品ほどの副作用はないにしても、たとえ効果効能に書かれている症状でもぜんぜん効果を発揮してくれないのが、漢方の難しいところです。

 もともと小生自身は興味を持った対象には、かならず一定レベルに上達せずにはおれない性格上、のめり込んだチヌ釣り、最近ではホームページ制作などは二年も経たないうちに、来年くらいは漢方で食い逸れたらホームページ制作業に転業しようかと冗談にでも言えるほどに上達しつつあります。
 ところが、一番好きだった漢方と漢方薬の世界と来たら、三十年以上経っても上には上がタクサン本場の中国にはおられ、中医学専門書籍類を読んでいると、凄まじい治験例が続出!
 これには各個人の先生方の腕一つに追うところが多く、再現性の問題となれば、西洋医学のような普遍性には乏しいところのある困難さが常につきまといます。

 要するに、個人の腕次第、知識と経験次第という大きな壁がある、ということです。

 だから、将来性を言えば、日本の漢方に関して言えば、中医学理論を取り入れない限りは危ういし、取り入れたとしても徹底した漢方専門の大学が出来ない限りは宝の持ち腐れで、真に有効に活用できる人材は常に少数派に終わることだろうと思われます。

 ところで、葛根湯レベルのお話については、一般的、ありきたりな疾患に対して病名治療的に使用するのは間違いが多いのですが、サイワイ漢方薬には強い副作用は滅多に生じるものではありませんので、漢方薬を使用してもしないでも、自然治癒してしまうような風邪などでは、気休め的に使われている部分が多く、それはそれで世の中が安易な風潮は昔からの人間社会の構図ですから、しかたないことでしょう。

 また、遺伝子レベルの研究云々の話から、漢方薬の必要性が云々といわれるのは、確かにそれが実現したとしても、漢方薬の活躍部分は遺伝子レベルで解決できない問題が無数に残されるはずのものですから、漢方に関しては「永遠であろう」と思われます。

 実際に漢方薬の有用性というものは、その恩恵を蒙っている人達にしか体感できない世界です。でなければ、自費の高い漢方薬を何十年も続ける常連さんがいるはずもありません。
 こういう情緒的な表現をせざるを得ないのは、漢方と漢方薬の真の実力を簡単には述べることが難しいからです。中医基礎学的な基本図書を学ばれない限りは、到底理解されない世界です。
 すくなくとも西洋医学・薬学世界とは全く異質な論理で成り立っている世界ですが、決して非科学的なものではありません。

中医学と西洋医学 ―中西医結合への道―  (村田恭介著)

上記を参考にされるとよいかと思います。

 以上、冗漫なお返事ながら、とりあえずお送りします。
                            頓首

ヒゲ薬剤師


折り返しお礼のメール:丁寧かつ迅速にご回答していただき感謝しております。
 漢方薬について学ぶ際に生半可な態度では、人の役に立てるような事は出来ないと感じましたが、それほど奥が深いものであるならば、ずっと興味を持ってやっていけるのではと思いました。
 試験まで残りの時間は決して長くはありませんが、希望が叶えられるよう精一杯頑張りたいと思います。
 お忙しい中、どうもありがとうございました。
posted by ヒゲジジイ at 00:10| 山口 ☁| 漢方と漢方薬関連の御質問 | 更新情報をチェックする